第1章: 突然のメール
朝の光が窓を通り抜け、結衣の部屋をやわらかく照らしていた。夏休みの終わり、まだ暑さが残る季節に彼女は目を覚ました。普段通りの高校生活が待っている、ただそれだけのこと。しかし、この日は、どこかいつもと違った予感がしていた。
水野結衣は、早起きして顔を洗い、制服に身を包む。髪の毛をきちんと結び、朝食を済ませると、いつものようにバッグを持って家を出る。家の前の道を歩く足音が、彼女の心の中に鳴り響く。普段通りの日常なのに、どうしてこんなにも心がざわついているのだろうかと不思議に思う。
「ふう…、どうしてこんなに緊張してるんだろう。」
結衣はつぶやきながら、学校へ向かって歩き続けた。
2. スマホの誤操作
授業が終わり、放課後。部活の練習が始まるまでの短い時間、結衣はいつものようにスマートフォンを手に取った。勉強の合間に少しだけSNSをチェックしたり、友達とのやり取りを確認したり。何気ない日常だと思っていたその瞬間、結衣は思わぬ誤操作をしてしまった。
「あれ?」
結衣の手がスマホの画面をスライドさせた時、誤って「メール」をタップしてしまった。その瞬間、画面には自分のメールアプリが開かれていた。
結衣は焦った。おそるおそるスクロールをしてみると、受信トレイに見慣れないメールが一通届いているのが目に入った。
差出人には「不明」とだけ書かれている。
「…え?こんなメール、全然覚えてない…。」
疑問に思いながらも、思わず開いてしまった結衣。内容が目に入ると、そこに書かれていた文章が、驚くほど温かくて優しいものであることに気がついた。
「こんばんは、突然のメール失礼します。これがあなたに届くことを願っています。今日は何をしていましたか?おそらく私はあなたとまったく違う日常を送っていると思いますが、あなたにとって素敵な一日だったと信じています。」
結衣は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。送信者の名前も、メールの内容も全く心当たりがない。しかし、何故かその文章に心が温かくなるような感覚があった。無意識に指が返信ボタンに触れそうになる。
3. 驚きと戸惑い
「まさか間違えて送ったのかな?」
結衣は思い当たる節がない。それでも、このメールに何か心を引き寄せられるような感覚があった。普段、こういったメールには警戒心を抱くタイプの結衣だが、なぜか今回は心の中に不安よりも好奇心が湧いてきた。
「なんだか、変だよね。こんなこと…。」
彼女はそのメールをしばらくじっと見つめていたが、やがて再びスクロールして次の部分に目を通した。
「おや、もうこんな時間ですか。明日が素晴らしい一日でありますように。もしあなたに何か話したいことがあれば、気軽に教えてくださいね。」
その文面に込められた、優しさに満ちた言葉に結衣は再度驚いた。これまで、誰かがこんなに気を使って書いてくれたことなどなかったからだ。
結衣はしばらくメールの内容を読み返し、深いため息をついた。そして、もう一度メールを送りたくなった。自分の気持ちを素直に伝えたくてたまらなくなった。
「これって、本当に誰かが送ってきたのかな…。でも、何か不安だな。」
結衣はそのまま、何も返信せずにスマホを置いた。
4. 返信しない理由
結衣はその日、メールのことが頭から離れなかった。学校の授業中も、部活の練習中も、ついついスマホを手に取ってそのメールを確認してしまう。
その後何度かその「誰か」とメールのやり取りが続き、少しずつ心を開いていった。しかし、結衣の中で「誤送信」や「間違い」の可能性を否定できなかった。相手が誰か分からないという不安が、メールを返信することをためらわせたのだ。
結衣はふと、メールに返信する代わりに、それを消すべきだろうかと思い悩んだ。でも、その気持ちに反して、心のどこかで「もしかしたら、いい関係が築けるかも」と期待する自分がいた。
5. 受け入れられない思い
結衣はしばらくの間、メールを放置していた。しかし、何度も送られてくるその温かいメールの内容に、結衣はだんだんと心を開き始めた。メールが送られてくるたびに、彼女の心は癒されていった。最初は不安だったそのやり取りも、だんだんと心地よいものになっていった。
そして、ついに結衣は一通目のメールに返信を送ってしまう。メールの送り主が誰なのか気になっていたが、何よりもその優しさが心地よかったからだ。
「こんばんは、私の名前は水野結衣です。突然のメール、すみません。最初は少し驚いたけれど、あなたの言葉に心が温かくなりました。ありがとうございます。」
結衣はその後、送信ボタンを押すとすぐに、スマホを机に置いた。自分が何をしているのか分からなかったが、少なくともその一瞬は、心が落ち着いたような気がした。
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