第8話:バズりすぎた代償と、謎のスパチャ
メンタリスト・ショウとの対決ライブが、スタジオの機材爆発という物理的な「オチ」で幕を閉じてから三日。 佐藤家のボロアパートは、かつてない静寂と、それとは裏腹なネット上の喧騒に包まれていた。
「……お兄ちゃん。もう、外に出られないよ」
ミサがカーテンの隙間から外を覗き、震える声で言った。 アパートの前には、連日、正体不明の「自称・ジャーナリスト」や、スマホを構えた「野次馬(聖地巡礼者)」がたむろしている。
「何を怯えている、ミサ。門下生がこれほど集まるとは、喜ばしいことではないか」 「門下生じゃないってば! みんな、お兄ちゃんが宇宙人か、それとも超能力者か、あるいは国家機密を盗んだテロリストか確かめに来てるの!」
カイトは悠然とソファに座り、膝の上に置いた「銀の盾」を磨いていた。 魔改造されたその盾は、もはや元の銀色を失い、深いサファイアのような光を放っている。対決ライブで獲得した「150万人の認知」という膨大なマナを吸い込み、盾そのものが一種の『意思を持つ魔導器(インテリジェンス・アイテム)』へと進化しつつあった。
「ふむ。この盾に蓄えられたマナの量……。これなら、街一つを空に浮かべることも可能だな」 「やめて! そんなことしたら、今度こそ米軍が来るから!!」
ミサが悲鳴を上げながらパソコンの画面を更新した。 カイトのチャンネル登録者数は、あのライブ以来、指数関数的に増え続け、ついに500万人を突破していた。
「あ、またメールだ……。今度は『国際エネルギー機関』? それと『国防装備庁』? ……お兄ちゃん、これもう『面白いYouTube動画』で済まされる次元を超えてるよ。大人が、本物の権力を持った大人たちが、お兄ちゃんを『技術』として欲しがってる」
「権力……。ほう、この世界の王侯貴族が、私の知恵を独占しようというわけか。相変わらず、どこの世界でも為政者の考えることは変わらんな」
カイトは鼻で笑い、スマホを操作して「生配信」を開始した。 予告なしのゲリラ配信。それにもかかわらず、開始1分で視聴者数は30万人を超えた。
「全人類の諸君。真理の授業、第8回だ。最近、私の元に『国家』と名乗る者たちから、魔法を兵器や動力に転用したいという不躾な手紙が届く。……いいか、魔法とは個の魂を解き放つためのものであり、組織が他者を支配するための道具ではない。そのことを、今から実演してやろう」
カイトが指を鳴らそうとした、その時だった。
画面上に、これまでに見たこともないような鮮やかな漆黒の装飾を纏った「スーパーチャット(投げ銭)」が流れた。 金額は、YouTubeの制限を超えた**「99,999,999円」**。 そして、そこに添えられたメッセージは、日本語でも英語でもなかった。
『【魔導言語・第7位階】:――久しいな、賢者ゼノン。貴公の授業は、この地の言葉では少々回りくどいのではないか?』
カイトの動きが止まった。 そのメッセージを見た瞬間、カイトの背後の空間が、ピリリと音を立てて歪んだ。
(……この術式。この独特の傲慢なマナの揺らぎ。間違いない)
カイトは、画面の向こう側の「誰か」を見据えるように、鋭い視線を向けた。
「……ミサ。配信を切れ」 「えっ? あ、うん……でも今のスパチャ、一億円近いんだけど!?」 「いいから切れ。……『客』が来たようだ」
配信が遮断された直後。 佐藤家の狭いリビングの中央に、一通の黒い封筒が、空中から音もなくハラリと落ちた。 封筒には、異世界の言葉でこう記されていた。
『次回のコラボ相手は、私が務めよう。――かつて貴公に討たれた、魔王軍第一軍団長より』
「……お兄ちゃん? 今、何もないところから手紙が……」 腰を抜かすミサを無視し、カイトは手紙を手に取った。
異世界からの「転生者」は、自分だけではなかった。 しかも相手は、現代のYouTubeというシステムを自分以上に理解し、巨大な資本(マナ)を手に入れている可能性がある。
「……面白い。YouTubeという戦場、ますます熱を帯びてきたようだな」
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『大賢者の魔導教室』 〜「神VFX乙」と言われますが、これ全部無詠唱です。登録者数が魔力になる現代で、世界を魔法化しようと思います〜 ひのたろう @hinotarouco
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