第7話:対決開始:本物の魔法は、タネも仕掛けも通用しない
都内某所、巨大な撮影スタジオ。 無機質なコンクリートの空間には、数十台のハイスピードカメラと、空気の振動すら検知する最新鋭のセンサーが所狭しと並んでいた。
「……同時視聴者数、80万人を突破。お兄ちゃん、これ本当に日本の配信史に残るレベルだよ」
カメラ外でミサが震える声で囁く。その視線の先には、スタジオの中央で対峙する二人の男がいた。
「ようこそ、カイト君。君の『魔法(VFX)』が本物か、それともただのデジタル・ペテンか。今日、ここでハッキリさせようじゃないか」
不敵な笑みを浮かべるのは、日本一のマジシャン、メンタリスト・ショウ。彼は洗練された所作で、新品のトランプの束をシャッフルしてみせた。
「……ほう。これほど多くの監視の目(カメラ)がある場所で講義をするのは初めてだが、悪くない。観測者が多いほど、真理はより鮮明になるからな」
カイトは背負った銀の盾を一度撫でた。盾は、視聴者たちの「期待」と「疑念」が混ざり合った膨大な認知のマナを吸い込み、微かな熱を帯びている。
「まずは小手調べだ。私が今からこのデッキから1枚引き、それを当てる。君も魔法使いなら、透視くらいはお手の物だろう?」
ショウがカードを一枚引き、胸元に隠す。 ショウの狙いは、カイトがどこに隠しカメラやモニターを仕込んでいるか、赤外線センサーで暴くことだ。
「透視……? そんな回りくどいことをする必要があるのか?」 「……ほう。なら、どうやって当てるんだい?」
「当てるのではない。世界の方を、私の意思に合わせるのだ」
カイトが指先をスッと動かした。 「君が持っているのは、スペードのA(エース)だ」
ショウが嘲笑う。 「残念。私が引いたのは、ハートの――」
ショウが自信満々にカードを裏返した、その瞬間。 スタジオ内の空気がピリリと凍りついた。
彼の手に握られていたのは、間違いなく『スペードのA』だった。
「……!? 馬鹿な、確かに私は今、ハートの7を……」 「いいか、ショウ君。物質とは確定する前のゆらぎだ。君が『これだ』と確信(観測)する前に、私がマナで情報の書き換えを行った。……これが『事象改変』の基礎だ。覚えておくように」
ショウの顔から余裕が消える。 「……なるほど。カードそのものに液晶を仕込んでいたか、あるいは私の目に瞬間的なレーザー照射でもして錯覚させたか……。だが、これはどうかな!」
ショウが合図を出すと、スタジオの天井から巨大な水槽が降りてきた。彼はその中に手枷足枷をされた状態で入り、鍵をかけられる。
「この水槽は特殊合金製だ。電磁波も遮断する。編集も、外部からの遠隔操作も不可能だ! 君がもし本物なら、私をここから『魔法』で出してみたまえ!」
水槽が水で満たされ、ショウが息を止める。 視聴者のコメント欄が爆速で流れる。
@Watching: 「うわ、ガチの脱出マジックじゃん。これどうすんの?」 @Tech_Otaku: 「もしこれでショウさんが一瞬で外に出たら、カイトの負け。でもカイトが何か魔法を使ったら……?」
カイトはため息をついた。 「……やれやれ。君たちは、なぜそうして自分を檻に閉じ込めるのが好きなのだ。……ミサ、カメラを寄らせろ。構造の解説をする」
カイトは水槽の壁に、魔改造した「銀の盾」をピタリと押し当てた。 「いいか。硬い物質も、元を辿ればマナの疎密に過ぎん。密度を一時的に相転移させれば、壁など無いに等しい」
カイトが盾をトン、と叩く。 次の瞬間。
バシャァァァン!!
スタジオ内に轟音が響いた。 水槽が割れたのではない。 水槽の中に入っていたはずの「水」と「ショウ」だけが、水槽の壁をすり抜けて、そのまま外の床に放り出されたのだ。
水槽自体は、傷一つなく、密閉されたままそこに鎮座している。 ただ、中の「中身」だけが消失し、外に転がっている。
「ゴホッ、ゲホッ!! ……な、何が……何が起きた……!? 鍵は、鍵はかかったままだぞ!?」
ショウは濡れ鼠になりながら、信じられないものを見る目で無傷の水槽を見上げた。 センサー類は「異常なし」を示している。熱反応も、ワイヤーも、不自然な映像の切り替わりも一切検知されていない。
ただ、物理的に「あり得ないこと」が起きた。
「……これが『空間透過』だ。諸君、物理法則という名の思い込みを捨てろ。そうすれば、満員電車の壁を抜けて帰宅することも可能だぞ」
カメラに向かって、カイトはいつものように淡々と「授業」を締めくくった。
その瞬間。 同時視聴者数は150万人を突破。 銀の盾が、見たこともないような眩い輝きを放ち、スタジオ中の電気系統がショートして火花を散らした。
ネット掲示板には、ただ一行の言葉が埋め尽くされる。
『……こいつ、マジで本物の魔法使いなんじゃねえの?』
大賢者カイト。 その名が、単なる「天才クリエイター」から「正体不明の怪異」へと変わった夜だった。
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