第5話:銀の盾と「帝国の階級章」
数日後。 佐藤家の古びたドアを叩いたのは、黒い制服に身を包んだ「運び屋」だった。
「……佐藤快人さんですね。グーグル合同会社様から、お荷物です。受領印をお願いします」 「ほう。帝国の使者か。大儀である。受け取ろう」 「はあ……どうも」
仰々しく頭を下げるカイトを不審に思いながらも、配達員は去っていった。 カイトがリビングに箱を運び込むと、学校から帰宅したばかりのミサが、靴も脱ぎ捨てて飛びついてきた。
「お兄ちゃん、これだよ! ついに届いたんだね、銀の盾!」 「銀の盾……。かつて我が友、聖騎士団長が掲げていた不落の盾のことか」 「違うってば! 登録者100万人を超えたクリエイターだけが貰える、最高の栄誉だよ!」
ミサが震える手で梱包を解くと、中から現れたのは、美しく磨き上げられた金属製のプレートだった。中央にはYouTubeの再生マークが刻まれ、鏡のように周囲の景色を反射している。
「……ほう」
カイトはそれを手に取り、窓際へ持っていくと、夕日に透かしてじっくりと観察し始めた。
「……信じられん。まさか、これほどの代物とはな」 「でしょ? トップYouTuberの証なんだから!」 「ああ。この純度、この意匠……。これは間違いない。この世界の覇権国家『グー・グル帝国』が、私の実力を認め、さらなる高みへ至れと授与した『魔導師の第一級階級章(アーティファクト)』だ」 「……ただの記念プレートなんだけどな」
カイトの目には、銀の盾が単なる金属板ではなく、世界中の「視聴者(生徒)」から集まった「認知のマナ」を蓄積し、増幅するための巨大な魔導回路に見えていた。
「よし、ミサ。これを使って、次なる授業の準備を整えるぞ」 「準備って、何するの? 飾るだけでしょ?」 「馬鹿を言うな。この階級章(盾)は素晴らしいが、まだ『空の器』に過ぎん。より多くの生徒を導くために、少しばかり魔改造(チューニング)を施す」
「えっ、ちょ、お兄ちゃん!? それ傷つけないでよ! 一生モノなんだから!」
ミサの静止も聞かず、カイトは銀の盾を床に置き、その周囲にチョークで複雑な幾何学模様……魔法陣を描き始めた。 カイトが指先で盾の表面をなぞると、本来なら傷一つつかないはずの特製合金が、飴細工のように柔らかく歪み、表面に微細な術式が刻まれていく。
「――『増幅(ブースト)』『収束(フォーカス)』。我が名はゼノン……否、カイト。帝国より授かりし盾に、真理の導きを刻まん」
キィィィィィィィン! と、耳をつんざくような高音が響き、銀の盾が眩い青白光を放った。 光が収まった時、そこにあったのは、元のデザインを保ちつつも、どこか神々しいオーラを纏い、触れるだけで指先がパチパチと痺れるような「何か」へと変貌していた。
「よし、これでいい。この盾を媒体(ブースター)にすれば、私の言葉はより遠く、世界中の民の脳裏に届くだろう」 「……お兄ちゃん、もう手遅れかもしれないけど、YouTubeの利用規約とか絶対無視してるよね、それ」
ミサが白目を剥いていると、カイトのスマホが短く鳴った。 先日、カイトの動画を「トリックだ」と断じた自称・天才マジシャンからのメールだ。
「……ミサ、カメラを用意せよ。例の小細工師と、対決の日取りが決まった」
カイトは、魔改造したばかりの銀の盾を小脇に抱え、不敵に微笑んだ。
「タイトルはこうだ。『【100万人記念】大賢者vs手品師。本物の魔法で、偽物のタネをすべて焼き尽くしてみた』。……生配信(ライブ)でやるぞ」
「お兄ちゃん……それ、もう対決じゃなくて、一方的な公開処刑になる予感しかしないんだけど……」
ミサの予感は、この数日後、現実のものとなる。 YouTube史上最大規模の「魔法検証ライブ」の幕が、今、切って落とされようとしていた。
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