第3話:浄化魔法は「環境保護(VFX)」

「……お兄ちゃん、本当にやるの? ここ、一応公共の場だよ?」


 妹のミサは、周囲をキョロキョロと気にしながら、小声でカイトに詰め寄った。  二人が立っているのは、近所にある「ひょうたん池公園」。名前こそ風流だが、実態はヘドロが堆積し、夏場には鼻を突く悪臭を放つ、地元民も避けて通る「ドブ池」だった。


「何を怯えている、ミサ。私はこの地の淀みを払い、民に『清らかな水』という真理を授けに来たのだ。これは徳行であり、ボランティアという名の魔導奉仕だぞ」


 カイトは至って真面目な顔で、安物の三脚を立てた。  現在の彼の魔力は、第1話のバズりによって得られた「認知のマナ」で、転生直後より数倍に膨れ上がっている。


「いいか、カメラを回せ。……全人類の諸君、健やかに過ごしているかな。大賢者カイトだ」


 カイトはカメラに向かって、尊大な、しかしどこか慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


「前回の『火球』は少々、諸君らの生活には刺激が強すぎたようだ。そこで今日は、より実用的な魔法……『浄化(ピュリフィケーション)』を伝授しよう。……諸君、この池を見るがいい」


 カイトが指差した先には、どろりとした緑色の水面が広がっている。


「水とは万物の源。汚れとは、マナの循環が滞った結果に過ぎない。いいか、コツは『不純物』を拒絶するのではない。本来あるべき『透明な意志』を呼び覚ますのだ」


 カイトが池の縁に立ち、そっと水面に指先を触れる。  瞬間、カイトの指先から、波紋のように青白い光が広がった。


「――『理(ことわり)を清めよ』」


 カイトが短く呟くと同時に、爆発的な輝きが池全体を包み込んだ。  あまりの光量に、撮影していたミサが「目が、目がぁ!」と叫んでカメラを落としそうになる。


 数秒後。光が収まった時、そこには絶句する光景が広がっていた。


 どぶろくのように濁っていた池は、底に沈んだ小石の一つ一つまでが見通せるほど、クリスタルのように透き通っていた。それどころか、水面は南国の海のような鮮やかなエメラルドブルーに輝き、池の周囲には季節外れの蓮の花が、マナの余波を受けて一斉に開花していた。


「……お、お兄ちゃん。これ、どうすんの」 「ふむ。少々マナを込めすぎたか。だが、これぞ浄化の神髄。清らかな水は、周囲の生命を活性化させるからな」


 カイトは満足げに頷き、カメラに向かって解説を続ける。


「諸君、見た通りだ。マナを一点に集中させるのではなく、空間全体に放射させるイメージを持つのがコツだ。……では、今日の講義はここまでだ。各自、近所のドブ川などで練習しておくように」


「できるわけないでしょ!!」


 ミサの絶叫とともに、第3回の動画は締めくくられた。


 数時間後。アップロードされた動画のコメント欄は、前回以上の熱狂……いや、「困惑」に包まれていた。


@Eco_Lover: 「この環境保護系VFX、最高にクール! 汚いものが綺麗になる映像って、見てて一番気持ちいいよね」

@VFX_Master: 「水の屈折率と透過率の計算が神。池の底に沈んでるゴミまでピカピカにするっていう『演出』の細かさに脱帽した」

@Science_Watcher: 「え、待って。今、近所の公園に行ったら、本当に池がモルディブみたいに綺麗になってるんだけど。これ、カイトさんはAR(拡張現実)を現実の風景に上書きする新技術でも使ってるの?」

@Reply: 「それマジ? 座標指定のホログラム技術とか? だとしたら軍事転用レベルの技術だぞw」


 自宅のソファでコメントを眺めながら、カイトはふっと口角を上げた。


「……やはり、私の言葉は正しく伝わっているな。『エー・アール(拡張現実)』とは、おそらく高位の『幻惑魔法』の別名だろう。民もようやく、真理の入り口に立ったようだ」


 その傍らで、ミサは「現実逃避」と書かれたアイマスクをして、力なく横たわっていた。  翌朝、この公園が「奇跡の絶景パワースポット」としてテレビニュースで報じられ、カイトの元に「環境団体」と「最新映像技術研究所」から同時に問い合わせメールが届くことを、彼はまだ知らない。

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