厨二病悪役令嬢

間咲正樹

厨二病悪役令嬢

「ヨゼフィーネ! 今この時をもって、君との婚約を破棄するッ!」

「「「――!!」」」


 国中の貴族が集う、煌びやかな夜会の最中。

 先王の急死により若くして国王となったモーリッツが、婚約者であるヨゼフィーネに対して、高らかにそう宣言した。


「ホウ、一応理由を訊いておこうか」


 だが、当のヨゼフィーネ本人は右の手のひらで顔を覆い隠すという謎ポーズを取っており、一切動じた様子はない。


「それだよそれッ! その謎ポーズが嫌なんだよ僕は!? なんで君は、何かにつけてそうやって手で顔を隠すんだよ!? 絶対前見づらいだろそれ!?」

「そんなことはない。われのこの【魔王の左眼エビルアイ】は、総てを見通す力を持っている」

「いや眼帯してるじゃん!! 君の左目が見てるのは眼帯の裏側だけだよ! あと一人称が『われ』なのもホント無理! しかも常に右腕は包帯でグルグル巻きにしてるし! 君、普通に右手使えてるよね!? 骨折とかしてるわけじゃないんだよね!? 何なのその包帯は!? ねえッ!」

「だからいつも言っておろう。これは【魔王の右腕エビルライト】。この右腕は封印されし魔王ヴァミリオンの右腕と同化しているため、こうして普段は包帯で力を抑えておるのだ」

「包帯だけで魔王の力抑えられるのかよ!? だったら元々大した力ないだろ魔王ッ! あーもうマジで嫌だ! こんな痛々しい妄言女が、国王である僕の妻になるなんてマジで無理! 婚約は破棄だ破棄ッ!」

「……本当に後悔はしないのだな?」

「ああ! 僕は本気だ!」

「お、お待ちくださいませッ!!」

「ん?」


 その時だった。

 ヨゼフィーネの父であるバッハシュタイン公爵が、青ざめた顔でモーリッツの前に立った。


「何だ? いくら卿が抗議しようと、僕の考えは変わらんぞ!」

「そ、そこを何とかお考え直しくださいッ! このままでは、この国の未来が――!!」

「……何?」


 この国の……未来……?

 バッハシュタイン公爵の意味深な発言に、眉をひそめるモーリッツ。


「……もう遅い」


 が、ヨゼフィーネはおもむろに、包帯を解いた。

 すると――。


「――なっ!? 何だそれはッ!?」


 ヨゼフィーネの右腕の皮膚は真っ黒に染まっており、爪は獰猛な肉食獣の如く、鋭く尖っていたのである。

 ……とても人間の腕とは思えない。


「契約は正式に破棄された。――目覚めるぞ、が――」

「……は?」


 ヨゼフィーネは左目の眼帯を外しながら、漆黒の右腕を天高く掲げる。

 初めて白昼に晒されたヨゼフィーネの左の瞳は、血のように赤い色をしていた――。


「闇を統べる虚ろなる暴君

 死をもって平安となす苛烈なる明君

 心を識り心を責める大いなる名君

 地の底から天を刺す遥かなる神君

 ――顕現せよ【魔王ヴァミリオン】」


「「「――!!!」」」

「――なっ!!?」

「ヨゼフィーネ、やめろぉ!!」


 バッハシュタイン公爵の制止も無視して、ヨゼフィーネは右の手のひらを床に叩きつけた。


「こ、これは!?」


 するとヨゼフィーネの手のひらを中心に、魔法陣のようなものが床に浮かび上がったのである。


「あ、あぁ……。もうダメだ……おしまいだぁ……」


 頭を抱えながら、その場にうずくまるバッハシュタイン公爵。


「オイ!? いったい何が起きてるんだ、オイッ!!」


 そんなバッハシュタイン公爵の肩を必死に揺すり、モーリッツが問い詰める。


「――黙れ。偉大なる王の降臨であるぞ」

「――!」


 が、ヨゼフィーネは思わずこうべを下げてしまいそうになるほどの威圧感のある声色で、静かにそう言った。


「な、何を!? 不敬だぞ貴様ッ! この国に王はこの僕一人だけ――っ!?」


 モーリッツは絶句した。

 魔法陣からボコボコと黒いマグマのようなものが湧き出てきたかと思うと、それが瞬く間に人の形になり、目を見張るほどの美丈夫が現れたのである。


「なっ!? ななななな、何者だ貴様はッ!!」


 その美丈夫は、烏の濡れ羽色の長い髪、そしてヨゼフィーネの左目と同じ血のように赤い瞳を持っていた。

 ――だが、その頭には二本の禍々しい角が生えており、明らかに人間ではない。


「ククク、ヨゼフィーネが何度も紹介してくれていたではないか。――余の名は魔王ヴァミリオン。その昔は、【百夜ももよの王】などとも呼ばれていたな」

「ま、魔王だと……!?」


 そんなおとぎ話のような存在が、今、自分の目の前に――!

 だが、リアリストのモーリッツには、にわかには信じられない。

 ――いや、信じたくないと言ったほうが正確かもしれない。


「わ、我がバッハシュタイン公爵家は代々、封印されし魔王を監視するのが使命だったのです……」

「――!」


 おもむろにバッハシュタイン公爵が語り出した。


「封印されし魔王だと!? そんな話、僕は知らないぞ!!」

「……王家の場合は、王位を継ぐ際に、先代から伝えられるのが伝統になっていたのです。……ですが、先王様は急死されてしまったので、モーリッツ陛下にはお伝えする機会がなかったのでしょう」

「そ、そんな……!」


 モーリッツの全身の毛穴から、ブワリと冷や汗が噴き出る。


「ただ、ここ数年封印の劣化により、魔王の力が徐々に溢れ出てしまっていました。――その影響を誰よりも受けていたのが、封印を一番側で見守っていたヨゼフィーネです」

「……!」

「その通り。そしてわれはヴァミリオン様より、この力を授かったのだ」


 ヨゼフィーネは漆黒の右腕で、またしても顔を覆い隠す。

 だが、最早誰もヨゼフィーネの謎ポーズを笑う者はいなかった。

 今はただ、ヨゼフィーネの総てが恐ろしい。


われは自らの真の使命に気付いた。――それはヴァミリオン様の封印を解き、この世界に復活させること! そのための最後のキーは、ヴァミリオン様の封印の監視者であるわれが、されることだったのだ」

「なっ!? ま、まさか!?」

「ククク、そのまさかよ。余の可愛いヨゼフィーネは、わざと貴様の前で痛々しい言動を繰り返し、貴様から婚約を破棄されるように仕向けたのだ。――よくやったぞ、ヨゼフィーネ」

「ウフフ、勿体なきお言葉です、ヴァミリオン様」


 ヨゼフィーネとヴァミリオンは、まるで新婚夫婦のような甘い空気を醸し出している。


「クッ! そ、それが本当だとしたら、貴様はとんでもない国賊ではないか、ヨゼフィーネッ! 婚約者である僕を裏切り、魔王などに与するとはッ!」

「ククク、国賊か。――お前に、果たしてそれを言う資格があるのか?」

「「「――!!!」」」


 ヴァミリオンの放った一言に、場が凍りついた。


「ぼ、僕が父上を、殺した……だと……!? フ、フザけるなッ! どどどどど、どこにそんな証拠がッ!!」

「ヨゼフィーネが言っていただろう? 余のこの【魔王の左眼エビルアイ】は、総てを見通す力を持っている。――余には見えるぞ、お前が父の飲むスープに、コッソリと毒を混ぜている姿がな」

「「「――!!!」」」

「…………あ」


 途端、呆けたような顔になるモーリッツ。

 それは自白にも等しいものだった。


「まったく、王位欲しさだけに父親を殺すなど、お前のほうが余程国賊ではないか。そんなお前を王と崇めなくてはならないこの国の民には、つくづく同情を禁じ得んな」

「へ、陛下!? 今の話は本当ですか!?」


 モーリッツを問い詰めるバッハシュタイン公爵。


「う、うるさいうるさいッ! そんなわけないだろうッ!! オイお前たち、この不審者を、直ちに叩き斬れッ!!」

「「「ハ、ハッ!」」」


 戸惑いながらも剣を抜き、ヴァミリオンを取り囲む兵士たち。


「無駄な抵抗はよせ! 貴様ら如きでは万の束になろうとも、ヴァミリオン様の前では蟻の群れに過ぎんぞ!」

「「「――!!」」」


 ヨゼフィーネが兵士たちに忠告する。


「ククク、まあよいヨゼフィーネ。――今後のためにも、ここで余の力を見せておくのも一興だろう」

「「「――!?!?」」」


 ヴァミリオンが指をパチンと鳴らすと、兵士たちの持っていた剣は、一つ残らず美しい花束に変わってしまったのだった。


「な、なんじゃこりゃああああああ!?!?!?」


 モーリッツの絶叫が響き渡る。


「この花束を、余からお前へのプロポーズに添えよう。――どうか余の花嫁になってはくれぬか、ヨゼフィーネ」

「はい、喜んで。お慕いしております、ヴァミリオン様」


 この瞬間、二人を祝福するかのように、無数の花びらが舞い散った――。


「オォォイ!!!! こんな状況でプロポーズなどと、フザけるのも大概にしろッ!!!! お前たち!! 剣が使えないなら、その拳で不審者を取り押さえるんだッ!!」

「「「…………」」」

「……なっ!?」


 だが、ヴァミリオンの圧倒的な力を目の当たりにしたことと、モーリッツへの不信感が相まって、兵士たちは完全に戦意を喪失してしまっていた。


「ク、クソがあああああああ!!!!」

「そろそろ鬱陶しいぞ。せっかくの余とヨゼフィーネの想いが通じ合った記念すべきシーンに、水を差すな」

「「「っ!!?」」」


 ヴァミリオンが指をパチンと鳴らすと、モーリッツの姿が一匹の小さな鼠に変わってしまった。


「チュー!! チューチューチュー!!」

「ククク、やはり貴様にはその姿がお似合いだ。――どれ、せっかく数百年ぶりにこの世界に帰って来たのだからな。この国は今から、余が王となり、統べることとしよう」

「「「――!!」」」

「まあ、それは大変よろしゅうございますね。われもヴァミリオン様の妻として、そのお手伝いをさせていただきます」

「チューチューチュー!!!!」


 鼠の抗議の鳴き声は、虚しく空気に溶けていった――。


 ――この後、ヴァミリオンの統べるこの国は、国民みんなが厨二病に侵されながらも、笑顔の絶えない国となるのだが、それはまた、別の話。


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厨二病悪役令嬢 間咲正樹 @masaki69masaki

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