第3話 身分の違い

古代の名彫刻家が彫り上げたような美しい顔立ちを持つエルフのシルフィード、そんな娘に愛されて不幸なわけがないが、所詮は人間とエルフ、生きている時間が違う。


無論、この世界には人間とエルフが結婚することもあるが、ふたりの種族の間に生まれた子はハーフエルフと呼ばれ、人間社会からもエルフ社会からも疎まれる。


その偏見をはねのけるほどの金と権力があれば話は別だが、俺はしがないC級冒険者、その日暮らしをするのが精一杯で「結婚」という二文字は意識しないようにしている。


それにシルフィードはまだ若い。彼女は120歳前後だそうで、エルフ族からしたら成人として認められない年齢らしい。今、俺に恋をしているのも世間知らずゆえ、そう思って手を握ることもない。


いや、先日ちょっと握ったか。


魔物たちとの戦闘で崖際に追いやられたとき、シルフィードが滑落しかけたのだ。


彼女は毅然とした表情で、


「グレイ、なにをしているの! その手を離しなさい! 私は人間に助けられるほど脆弱ではありません!」


と言った。


無論、エルフ語では、


「(グレイと手を握ってしまった!? なんて大きくて厚い手のひらなの)」


と言っているのだが、俺は構わず彼女を放り投げるとそのまま魔物の群れに彼女を投げ込む。


彼女はレイピアの名手でオークの心臓を突き刺す。それに続いて俺もバスタードソードを両手に構え、オークを切り裂く。


オークの断末魔が止み、周囲に再び静寂が戻る。  俺は愛剣についた脂を布で拭い取りながら、ふう、と息を吐いた。  一方のシルフィードは、返り血ひとつ浴びていない涼しい顔で、細身のレイピアを鞘に納める。……納めると同時に、彼女は柳眉を逆立てて俺に詰め寄ってきた。


「グレイ! どういうつもりですか!」


氷の刃のような鋭い声。まあ、そうなるよな。


「あの状況で、レディを放り投げるなんて! 私は荷物じゃありませんよ! 打ち所が悪かったらどうするつもりだったのですか。本当にデリカシーの欠片もない、野蛮なゴリラですね貴方は!」


彼女は自分の腰のあたり――さっき俺が掴んだ場所――をパンパンと払いながら、軽蔑の眼差しを向けてくる。  もっともな言い分だ。いくら信頼しているとはいえ、女性を砲丸投げのように扱ったのは褒められたことじゃない。


「悪かったって。あそこしか突破口がなかったんだよ。お前なら着地できると信じてたしな」 「信じてた、で済む問題ではありません! 全く……これだから人間の男は」


彼女はプイと顔を背け、スタスタと歩き出した。  完全に怒らせたか? と俺が頭をかいた、その瞬間だ。  彼女の背中から、今までで一番早口なエルフ語の奔流が溢れ出した。


『(あああああ! 腰! 腰掴まれた! グレイの大きな手でガシッて! 力強く! 乱暴に!)』


……ん?


『(「お前なら着地できると信じてた」……!? つまりこれって共同作業!? 阿吽の呼吸!? 私の強さを信頼して背中を預けてくれたってことよね!? まるで夫婦めおと剣舞じゃない!)』


解釈がポジティブすぎる。


俺の荒療治が、彼女の脳内では「夫婦の連携プレー」に変換されていた。


『(しかも、投げられた時の浮遊感……まるで彼にお姫様抱っこされて空を飛んでいる気分だったわ……。あの一瞬、私たちは空で結ばれていたのよ……!)』


いや、結ばれてはいない。物理的に放り投げただけだ。


『(……まだ腰に手の熱が残ってる。これ、一生消えない魔法とかで保存できないかしら。……今日はこのまま服を洗わずに寝よう。匂いを閉じ込めなきゃ)』


俺は乾いた笑いを噛み殺しながら、彼女の背中を追った。  


服は洗ってくれ。頼むから。


ふと、シルフィードが立ち止まり、振り返らずに言った。共通語だ。


「……今回だけは、大目に見てあげます。貴方のその無茶苦茶な判断のおかげで、囲みを抜けられたのは事実ですから」 「そりゃどうも」 「ですが、次はもっと丁寧に扱いなさい。私は高貴なエルフなのですからね」


そう言って歩き出す彼女の足取りは、心なしかスキップしそうなほど軽やかだった。  


そして、風に乗って聞こえてくる極小のエルフ語。


『(次はもっと丁寧に……つまり「優しく抱きしめて」って意味よ! 気づいてグレイ! 次は投げるんじゃなくて、優しくエスコートして! でも乱暴なのも嫌いじゃないわ! どっちも好き!)』


やれやれ。


身分違い、種族違い、寿命違い。


越えなきゃならない壁は山ほどあるし、俺は彼女の将来を思って身を引くつもりでいる。


だが――。


(……100年先、か)


先ほどの焚き火での彼女の言葉を思い出す。  


俺が死んで骨になっても、彼女はこの能天気なほど一途な愛で、俺のことを覚えていてくれるのだろうか。


そう思うと、自分卑下して引いた境界線が、少しだけあやふやなものに思えてくる。


「……おい、シルフィード」


「なんですか。まだ言い訳が?」


「いや。……怪我がなくてよかったよ」


俺がそう声をかけると、彼女は一瞬目を見開き、すぐにフンと鼻を鳴らした。


「当たり前です。誰が相棒だと思っているのですか」


ツンとしたその態度。  


だが、その尖った耳が真っ赤に染まっているのを、俺は見逃さなかった。  


もちろん、その直後に脳内に響き渡った『(きゅーーーーん!)』という、言葉にならないエルフ語の絶叫も。


――――――


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中堅冒険者のおっさん、かれこれ10年クールで気高いエルフと冒険しているけどエルフ語が堪能なので超愛されていることがバレバレです 羽田遼亮 @neko-daisuki

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