悪役令嬢が睨んでくるので、理由を聞いてみた

ちくわ食べます

悪役令嬢が睨んでくるので、理由を聞いてみた

 僕は――この世界のモブだ。


 自分を卑下しているとか、自暴自棄になっているとか、そういう後ろ向きな話じゃなくて。

 信じられないけど、この世界は乙女ゲームなのだ。


 僕は、メインキャラはおろか登場人物でもなんでない。名もなきその他大勢の脇役。

 モブと言わずに、なんと言えば良いのだろう。



 前世では川で溺れている子供を助けたところで力尽き、その生涯を終えた……はずだった。

 子供を助けた特典なのか分からないが、僕は運良く(?)転生することが出来た。

 


 問題なのは、まったく馴染みのない乙女ゲームの世界に転生してしまったこと。


 広告を見て調べたことがあるだけで、ストーリーなんてあらすじしか分からない。知識無双なんて夢のまた夢。覚えているのは主要な登場人物くらい。人物の関係性も知らない。ゲームの名前に至っては、忘れてしまったくらい。


 そんな馴染みのない恋愛至上主義の世界に転生してしまったのだ。

 

 そして……自分はモブなのだとわからされた。

 

 待っていたのは恋愛とは無縁の生活を送る日々。


 良かったのは、ストーリーに絡まないからゲームを知らなくても生活に困まらないこと。


「席替えか。俺は日当たりの良い窓際が良いな」

 

「ダリウスは相変わらずだね」

 

「トリスタンはどこの席がいいんだ?」

 

「目立たない後ろのほうかな」

 

「トリスタンだって相変わらずじゃん」


 王立学園の教室で、友人のダリウスと交わす何気ない会話。

 それは僕にとって居心地がいいものだ。

 

 だけど――今日は何かが起こりそうだった。

 

「なあトリスタン。セリスさんだけど……こっちを睨んでないか?」

 

「えっ?」

 

「待て。……凝視したら殺される」

 

「そんな大袈裟な……」

 

「彼女……トリスタンを見ている気がする」

 

「僕を?」

 

「いいから、こっそり見てみろ」


 ダリウスに促されてセリスさんの方を見る。

 侯爵令嬢、セリス・エリシュオン。

 

 黒髪ロングのストレート。

 女子としては少し高い身長。

 ツリ目でシャープな瞳は、アメジストを思わせる輝きがある。


 彼女の評判は『怖い・恐ろしい』だ。

 

 セリスさんは、切れ味の鋭い目を更に研ぎ澄まして僕を睨んでいた。

 一瞬目が合ってしまい、あわてて視線を逸らす。


 うろ覚えだけど、セリスさんは悪役令嬢ポジションだ。


 メインキャラだけあって相当整った顔立ち。

 どう控えめに言っても、綺麗な人。


 でも眉間には凶悪なシワが刻まれていて、世界を相手取って戦争をしかねない危ない目つきをしている。


 悪役令嬢としての役割もあるだろうけど、その見た目で周りから恐れられていた……。


 武闘派の上級生も彼女に逆らえない、背後に大物がいる……セリスさんには物騒な噂がついて回る。


 でも、彼女は悪い人じゃない。

 授業中だって真面目だし、悪いことだってしていない。

 

 眉間にシワを寄せ、威圧的で、眼光鋭く睨んでいるだけだ。

 悪鬼の如く恐れられてるけど、彼女は怖い人じゃないというのが僕の結論。


「僕、セリスさんに何か悪いことしたかな?」

 

「ないない。トリスタンみたいなお人好しが悪いことなんてするかよ」


「お人好しじゃないよ……」

 

「え? お人好しじゃん。俺はお前のそういうとこが気に入ってるんだぞ」

 

「そ、そう。恥ずかしいな」

 

「照れるなって!」

 

「照れさせたのはダリウスだろ」


 僕がお人好しかどうかはさておき――僕たちは仲が良い。

 

 3年制の学園で、去年に続き2年生でも同じクラスになれたことは幸運だ。


「でもセリスさんって……本当に怖いよな」

 

「うーん……セリスさんは怖い人じゃないと思うよ」

 

「えぇ!? そうか?」

 

「うん、みんなが誤解してるだけじゃない?」

 

「あの凶悪な顔を見てそんなこと言えるなんて。トリスタンはお人好しにもほどがあるぞ」

 

「本当に悪い人じゃないんだけどなあ……」


 

 ダリウスを含めた学園のみんなは、セリスさんを恐れて声をかけようとしない。

 

 セリスさんが、まるで悪魔やドラゴンであるかのように。


 どうしてこんなに恐れられているんだ?

 

 僕は不思議で仕方ない。僕だけがおかしいのか?


 彼女が怖くないのは……僕がゲームの外から来たから?



 席替えの結果、僕は窓側の真ん中より少し後ろの席だった。そしてセリスさんの隣。

 

「これからよろしくね、セリスさん」

 

「……っ」

 

「あれ、セリスさん……?」


 セリスさんは一瞬目を見開いて僕を睨んだ後、下を向いて顔を隠してしまった。

 

 おかしなことを言ったかな。

 

 もう一度声を掛けてみる。


「あの……セリスさん、よろしくね」

 

「…………よろしく……」


 よかった。声は小さかったけど、セリスさんは返事をしてくれた。


 

 休憩時間になると、ダリウスが僕のところへやってくる。


「トリスタン。ちょっとこっちに来てくれよ」

 

「どうしたの?」

 

「いいから。な、頼むよ」


 しぶしぶダリウスの席の近くまで移動すると、彼は心配そうな顔をして言った。


「なあ、トリスタン大丈夫だったか?」

 

「えっ? なにが?」

 

「セリスさんだよ。睨まれてただろ? 彼女、お前を殺そうとしてるんじゃないかと思って心配だったんだ」

 

「殺すなんてオーバーな。ぜんぜん大丈夫。さっきもよろしくって挨拶したところさ」

 

「まじか。悪魔みたいなセリスさんにそんなことを……やっぱりお前はすごい奴だ」

 

「大げさだよダリウス。隣の席なんだから、挨拶くらいいいじゃん」

 

「そうだけど……本当に大丈夫か?」

 

「気にしすぎだって……彼女はそんな人じゃないって」

 

「そうか……でも注意しておけよ」


 セリスさん、悪い人じゃないのに。

 

 ダリウスって友人思いを通り越して、心配性なんじゃない?


「話変わるけど。トリスタンが好きな女子のタイプってどんな感じ?」

 

「いきなり変わった!」

 

「そう! 今から恋バナをします」


 こういう突拍子も無いところは、ダリウスの魅力だ。

 

「タイプか。難しいね……」

 

「おっと、トリスタンはBL派か? 言っとくが俺はノーマルだぞ!」

 

「違うよ。今まで人を好きになったことがなくてさ」

 

「ほー。ウブですな」

 

「ダリウスは恋したことあるの?」

 

「そりゃあるよ! 付き合ったことは無いがな」


 ダリウスが恋バナをしたがるのは理由がある。

 

 乙女ゲームの世界だからか、学園には『生徒は等しく平等である』という謎ルールがある。おかげで生徒同士は身分を気にせずフランクに話すことが出来る。


 身分差があっても恋愛させるためのシステムだろう。だって規則の別名は『恋愛奨励制度』だから。


 この恋愛至上主義な学園で両思いコンビがよく爆誕する。そのまま婚約関係に発展することだってある。


 そんな学園でも僕たちは……やっぱりモブだった。


 

 ダリウスの心配を余所に、何事もなく日々が過ぎていく。


 セリスさんが時々僕を睨んでいるけど僕と目が合うと彼女は顔を逸らしてしまう。


 何で睨まれてるんだろう……自意識過剰かもしれないけど、本人に聞いてみることにした。


「僕セリスさんに何か悪いことしたかな?」

 

「っ……わ、悪いこと? 別にあなたは何もしてないでしょ」

 

「でも、睨まれてる気がして」

 

「に、睨んでなんかない…………」

 

 睨んでないのに、眉間にシワを寄せるとか変だ。目だって相当力が入っている。

 般若かヤンキーみたいなのに。


「もしかして……セリスさんって」

 

「な、なによ」

 

「僕の勘違いかもしれないけど、聞いていい?」

 

「い、言ってみて……」


 セリスさんの顔が若干紅潮している気がするが、気の所為だろう。


「セリスさんって……」

 

「…………うん」

 

「もしかして……」

 

「…………っ」


 セリスさんはゴクリとツバを飲む。

 

 そんなに緊張しなくてもいいのに。


「目が悪いんじゃないかな?」

 

「はあ!? …………め? 目が悪い?」

 

「セリスさんっていつも目に力入れてるよね」

 

「そう……? 言われれば、そうかも知れないわね」

 

「でしょ? 目に力を入れてるってことは、なにか理由があるんじゃないかって思ってさ」


 セリスさんが少し考えるような仕草をする。


「……続けて」

 

「目に力を入れると眼球が圧迫されるんだけど……」

 

「それ何の関係があるの?」

 

「それでピントが合いやすく人もいるんだって」

 

「へぇ……そんなことよく知ってるわね」


 詳しくは知らないけど、前世の知識だ。

 目の筋肉が関係しているとか……。


「ずっと力を入れてると、目が疲れるんじゃない?」

 

「ええ……そうね。少し疲れるかも」

 

「やっぱりそうだよね」


 セリスさんは休み時間に寝ていることが多い。

 

 それは不真面目とかじゃなくて、目が疲れているからじゃないか?


「それなら、眼鏡をかけたらどうかな」

 

「眼鏡……?」

 

「そう。もしかして眼鏡かけるの嫌かな? セリスさんは綺麗だから眼鏡も似合うと思うけど」

 

「なっ……トリスタン。あなた何をっ!」

 

「おかしなこと言った?」

 

「あなた……誰にでもそんなこと言ってるんじゃないでしょうね?」

 

「誰にでも言わないよ。セリスさんは綺麗だと思ったから」

 

「くっ…………」


 セリスさんは怒ったのかそっぽを向いてしまった。耳が少し赤いから、相当怒ってるかも。


「ご、ごめんねセリスさん」

 

「……謝らなくていい」

 

「でも……」

 

「そのかわりに……眼鏡を買いに、一緒に行ってくれるかしら?」

 

「僕が?」

 

「そうよ。あなたが眼鏡を勧めてきたというものあるけど。なんか詳しそうだから……トリスタンにお願いしたい」


 なるほどね。

 

「そうだねセリスさん。付き合うよ」

 

「……つ…………付き合うっ!?」

 

「うん、一緒に行くよ」

 

「あ……そ、そう。一緒に……来てくれるのね。じゃあ、今日とかどうかしら?」

 

「もちろん、いいよ」


 突然眼鏡を買いに行くことになったので、セリスさんは準備のために家に帰るそうだ。


 待ち合わせ場所に行くと、先にセリスさんが待っていた。


「ごめん、遅れちゃったかな? 早く来たつもりだったけど……」

 

「いいえ、大丈夫。あなたは遅れてなんてないわ。私が早く来すぎただけだから気にしないで」

 

「でも、セリスさんを待たせちゃったよね。待ってくれて、ありがとう」

 

「……………………」


 あれ? どうしたんだろう。

 

 セリスさんが真っ赤になって俯いてしまった。

 もしかしたら具合が悪いのかも。

 

「セリスさん、具合悪いなら別の日でもいいよ」

 

「う、ううん。……大丈夫……」

 

「そう? もし、体調が悪いときはすぐに言ってね」

 

「その時は……頼むわね。じゃあ、行きましょう」


「うん、そうしようか」


 午前中は雨だったせいで路面がところどころ濡れているが、歩くのには問題ない。


 彼女と歩いて分かったが、通行人もセリスさんに怯えている。

 

「ねえ、トリスタン。あなた、よく私と一緒に来る気になったわね」

 

「え? だって約束したでしょ」

 

「そうだけど……」

 

「約束は守るもの、でしょ?」


 すると、言いにくそうにセリスさんは口を開いた。

 

「みんな……私を怖がっているでしょ?」

 

「…………」


 セリスさんの表情がみるみる曇っていく。

 

「あなたも私のことが……怖いから仕方なく――」

 

「僕はセリスさんのことを怖いだなんて思ってないよ!」

 

「…………!?」


 セリスさんが大きく目を見開いていた。


 驚かせてしまったみたいだ。

 

 でもこれだけは分かってもらいたい。


「僕はね……見た目だけで人を判断するなんてダメだと思う。セリスさんは真面目だし、気遣いだってできる優しい人だよ」

 

「トリスタン……」

 

「ごめん、さっきはちょっと強く言い過ぎちゃって……。でも、セリスさんに僕の気持ちを分かって欲しかったんだ」

 

「……………………」

 

「みんなもセリスさんの内面を分かってくれたらいいのに、って思うよ……」

 

「……分かってくれるのは…………あなただけで、充分……」

 

「え? 今、なにか言った?」

 

「……なんでもない」

 

「う、うん。そっか……」


 セリスさんの声が途中で小さくなって聞こえなかったけど、なんでもないなら……大丈夫だろう。


 セリスさんはそのまま無言になってしまったので、僕たちはしばらく静かに歩いていた。


 そのせいか、馬車の音がやけに大きく聞こえる。

 

 ん? 馬車? ……まずい!

 

 今日は大きな水たまりができている。

 セリスさんが泥水で濡れてしまうぞ。


「セリスさん、危ない!」


 僕はとっさに彼女の腕を取り、思いっきり引き寄せた。


「……きゃん」


 馬車は水を跳ね飛ばしながら去っていったが間一髪、セリスさんを泥水から守れた。

 

「危なく濡れちゃうところだったね……大丈夫、セリスさん?」

 

「は……はうう」

 

「いきなり引き寄せちゃってごめんね。どこか痛む?」

 

「も、もう少し……そ……そのままで」

 

「え?」


 どういうことだろう?

 

 とりあず彼女から離れ、直立不動の姿勢を取った。


 僕に『動かないで』欲しいという意味だろう。

 

「こうかな?」


 僕の服に泥が跳ねたのかな?

  

「………………もういい」

 

 どうしてか、セリスさんは残念そうな表情をしている。


 あ、そうか!

 

 気が利かなかった……紳士としてあるまじきことを。

 

 紳士は車道側を歩いて、危険から女性を守るものだろ?

 

 うっかりしてた。彼女を道の中央寄りを歩かせていた。

 

「セリスさん、気が利かなくて申し訳ない。これからは僕が中央寄りを歩くよ」

 

「と……トリスてぁん……」

 

「今、噛んだ?」


 突然セリスさんが僕の名前を噛んだ。


 セリスさんの顔がすごく赤い。

 噛んだというより呂律が回っていない。

 

 ひょっとして……。


 僕はセリスさんの容態を確認しようと顔を近寄せた。


「セリスさん。顔が真っ赤だし、もしかして熱があるんじゃ?」

 

「だ、だ、大丈夫だから……それ以上は……」

 

「具合が悪いなら遠慮しないで言って欲しいんだ……」


 僕はセリスさんの両肩を掴んで更に距離を詰める。


「ひゃぁ……」

 

「ちょっと……ごめんね」


 熱を測るため、セリスさんのおでこに手を当てた。

 とても熱い。

 

 セリスさんは待ち合わせの時から顔が少し赤かった。

 彼女を見ていれば、異変に気づけていたのに……不甲斐ない。


「はわ! はわわわ…………」

 

「すごく熱い……もう帰ったほうがいい。呼吸も荒いし……」

 

「げ、元気っ! 元気、だから……」

 

「本当に? 日を改めたほうがいいんじゃ?」

 

「い、いいの。すぐ落ち着くから……す、少し、離れて……」


 僕に病気が移るのを心配してくれているんだ。

 

 具合が悪い時でも、僕を配慮してくれる。セリスさんは……とても優しい。


 道端で休憩すると、セリスさんの顔色も徐々に戻ってきたので、僕たちは歩き始めた。


 セリスさんは無言だったが、体調を崩すこともなく店に着いた。


「私、眼鏡のことには詳しくないからトリスタンにお願いしたいんだけど、いい?」

 

「うん、分かったよ」


 とはいえ僕ができることは少ない。

 ほとんどは店員さんがやってくれる。


 まず、やることは視力測定。

 

 セリスさんに眼鏡が必要なのか調べて、眼鏡が必要ならフレームを選んでいこう。

 

 視力測定の結果、セリスさんは予想通り目が悪かった。


「どんなフレームがいいか選ぼうか」

 

「え? これで終わりじゃないの?」

 

「うん。眼鏡はレンズとフレームで構成されてるんだ。視力測定してセリスさんに合うレンズが分かったから、レンズを入れるためのフレームを決めよう」

 

「トリスタンって、よく知ってるのね」

 

「それほどでもないけど」


 僕たちは眼鏡が陳列されている棚を見て回る。

 

 前世の眼鏡店ほどじゃないが、様々な形・色のフレームが置かれている。

 これなら気にいるデザインも見つかるだろう。

 

「へえ、眼鏡って色んな種類があるのね」

 

「セリスさんはどんなデザインが好きなの?」


 セリスさんは棚をしばらく見て、やがて1つの眼鏡を手に取った。

 

「そうね……この辺とかいいかも」


 選んだのは、少し大きめの丸みのあるフレーム。

 

 それを装着すると、僕を見てセリスさんが言った。

 

「どう……かな……?」

 

「すごくいいよ。丸いフレームのかわいさの中で、セリスさんのシャープな目がより引き立っていて……うん、セリスさんの魅力が増幅されていると思う」

 

「…………ほ、褒めすぎ……よ」

 

「……え?」


 セリスさんが俯きながらゴニョゴニョと言ったが、うまく聞き取れない。


 髪の間からちょこんと見える耳が赤いから、また熱が上がってるのか?


 無理させて申し訳ない。早く帰れるように協力してあげないと。


「後は、色を選ぼうか」

 

「色も選べるの?」

 

「ここに色見本があるでしょ」


 僕は棚に置いてあった、色見本のカードを指さす。

 

「ほんとね。気づかなかった……」

 

「この中から好きな色を選べるみたいだよ」

 

「へえ……すごいわね」


 セリスさんは真剣な表情で考え始めた。


「じゃ……じゃあ、トリスタンに選んで欲しいわ」

 

「僕が選んじゃって良いの?」

 

「ええ、あなたに選んで欲しい……ダメかしら?」

 

「……分かった。少し時間をもらえる?」

 

「もちろん……」


 色か……難しいな。彼女の好みもあるし。

 

 でも、僕を信じて任せてくたのは他ならぬセリスさんだ。


 なら僕は、セリスさんに似合う色を選んであげたい……。


 彼女はどんな色が似合うだろう……。

 

 セリスさんの顔をまじまじと見る。

 

 黒髪ロングのストレートヘアー。

 少しツリ目がちの紫色の瞳。

 形の良い鼻と口…………。

 

 それらが絶妙なバランスで配置されている。

 お世辞抜きで、彼女は綺麗で。


 セリスさんはクールな瞳が特徴的だな。


「ちょっと! ……そんなに見られると、恥ずかしい……んだけど……」

 

「ご、ごめん。つい集中しちゃって」

 

「それなら……い、いい……けど」


 相手をジロジロ見たら、不快にさせてしまうのはもっともだ。

 

 だけど、彼女に似合う色は分かったぞ。


「これなんか……どうかな?」


 僕が選んだのはダークブラウン。

 落ち着いた色合いが、彼女のクールな魅力を更に引き立ててくれるはず。

 

「うん、じゃあ……これにする」

 

「セリスさん、本当に僕が決めちゃっていいの?」

 

「眼鏡に詳しいトリスタンが選んだんだから、大丈夫……でしょ?」

 

「……なんか緊張するね」


 信頼してくれたけど、セリスさんは気に入るだろうか。

 正直なところ、僕はドキドキだ。


 店員さんが言うには、すぐに出来上がるという。

 細かい調整で引き渡しは後日かと思ったけど、魔道具で簡単に出来るらしい。


 異世界は変なところで便利だ。

 

 数分後、セリスさんの眼鏡が完成した。

 出来上がった眼鏡をかけてセリスさんは鏡を見ている。


「すごい……よく見える! それにこの色も気に入ったわ」


 セリスさんはクリアな視界に感動しているようだ。見えるって大事だもんね。

 僕は『色が気に入った』という言葉にホッとしていた。


「セリスさんにそう言ってもらえて良かった……」

 

「ねえ、トリスタン。どう……かしら。眼鏡……変じゃない?」


 振り向いたセリスさんを見てハッとした。


 セリスさんの表情が全然違う。

 凶悪な眉間のシワも、凄まじい眼力も無くなっていて……鬼の形相じゃない。


 穏やかで自然体……鋭い目つきのクール系眼鏡女子がそこに居た。


「セリスさん、その眼鏡……すごい似合ってる!」

 

「そ、そう……」

 

「知的美人って感じだよ。クールでありながらも親しみやすい。セリスさんがもともと持っていた可愛さが更に強調されてて……すごく魅力的だ」


「くぅ…………」

 

「……セリスさん、大丈夫?」

 

「…………も……もう……やめ……」


 苦しそうにセリスさんは明後日の方を向いてしまう。

 時々忘れそうになるが、セリスさんは具合が悪いのだった。

 

 家でゆっくり休んでもらったほうが良いか。


「じゃあ、そろそろ帰ろう」

 

「そう…………よね」


 帰り道、セリスさんは元気がなかった。思い悩んでいるようにも見えた。


 セリスさんは時折、僕を見ては下を向いてしまう。

 

 彼女の体調が気になるけど、女子に慣れてない僕は、どう声を掛けていいかわからない。


 そう思っていると、セリスさんは意を決したように口を開いた。

 

「トリスタン。……あなたって、こういうことに慣れてるの?」

 

「こういうこと?」

 

「その……女の子と買い物に行ったり……ってことよ」

 

「女子と出かけたことはないよ。セリスさんが初めてだよ」

 

「私とが……初めて……」

 

「うん」

 

 前世だって女子と買い物に行ったことは無い。

 妹はノーカンだし。

 

「そう、なんだ……」

 

「だから……セリスさんを退屈にさせちゃったよね」

 

「た、退屈だなんて……してないっ!!」


 セリスさんが急に大きな声を出したので、驚いてしまった。


「……それなら良かったよ」

 

「……あなたがいてくれて……まあまあ、楽しかった……わ」

 

「僕も今日は楽しかったよ。ありがとう」

 

「うん、こちらこそ……………………ありがとう」


 セリスさんは恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 穏やかな優しい笑顔を見て、僕は心が温かくなるのを感じていた。


 その温かさは初めての経験だけど……とても心地良かった。



 次の日、教室の雰囲気は一変した。

 悪鬼の如きセリスさんが、クール系の綺麗なメガネ女子になったからだ。


 クラスメイトのみんなは遠巻きにひそひそ話をするが、セリスさんに話しかけようという人はいなかった。


 でも、セリスさんの印象は変わっていくはずだ。


 ダリウスだって少し変わり始めているから。


「よ、トリスタン。セリスさん、大胆なイメチェンしたな」

「似合ってるよね」

「鋭い目は変わらないな」

「でもセリスさん、話すと結構面白いよ」


 僕はチラッとセリスさんを見る。

 

 眼鏡……似合ってる。

 

 昨日は結構楽しかった。

 

「トリスタンは怖い物知らずだな!」

 

「怖くないって」

 

「まあ彼女……お前とは普通に話してるよな」

 

「でしょ? ダリウスも話してみたら?」

 

「俺はまだ死にたく、いや、そんな勇気無い……」

 

 ダリウスはセリスさんを極端に恐れなくなったけど、少し怖いらしい。

 けど以前よりはセリスさんを受け入れている。


 

 その日のお昼休憩のこと。

 僕が1人で歩いていた時、思わぬ人から声がかかった。


「トリスタン君、少しいいかな?」

 

「はい?」


 振り返るとそこにいたのは……この国の王太子。

 メインキャラの1人、ユージーン殿下だった。

 

 彼はこの学園の3年生。

 2年生の僕からすると上級生にあたる。

 

 もっと重要なのは彼が王族ということ。


 僕は失礼の無いよう、急いで敬礼のポーズを取る。

 

「殿下。何か御用でしょうか?」

「トリスタン君、そんなにかしこまらなくていいよ」

 

「ですが、殿下」

 

「……すべての生徒は等しくある。規則には私も当てはまる」


 王太子様、ここで恋愛奨励制度を持ち出すとは。

 

「確かに……そうですが、よろしいのでしょうか?」

 

「もっと気軽に話してくれたほうが楽でいいかな」

 

「わかりました、殿下」

 

「ユージーンでいいよ」


 殿下は気さくに言う。


 そう言われても……。

 さすがに呼び捨てはダメだ。

 

「……ユージーン様」

 

「もっとフランクに頼むよ」

 

「ゆ、ユージーンさんっ……」

 

「うん、そう呼んでくれると親近感が湧くね」


 殿下……改めユージーンさんはにこやかに笑う。

 

 メインキャラなだけあって造形美がすごい。ただ微笑んでいるだけなのに、絵になる。


 ところで、僕みたいなモブになんの用が?


「それで用事というのは?」

 

「実はトリスタン君にお礼を言いにきたんだ」

 

「僕にですか? お礼を言われるようなことは心当たりがありませんけど」

 

「私じゃなくて、セリスの件さ」

 

「セリスさんの……ですか?」

 

「彼女はアイリス……婚約者の妹でね。私にとっては義理の妹になるわけさ」

 

「ユージーンさんとそんな関係が……全く知りませんでした」


 ユージーンさんは王太子で、アイリスさんが婚約者……。

 セリスさんが悪役令嬢なわけだから……。

 

 姉妹でユージーンさんを取り合うとか?

 だとしたら、この3人の関係性は思ったより複雑だぞ。


「アイリスが喜んでいたよ。セリスの表情が全然違うってね。君のお陰だそうだね、トリスタン君」

 

「それは眼鏡の件ですか?」

 

「そう、私も見たけど見違えて驚いたよ。私たちにはセリスの目が悪いなんて分からなかったのに、君はすごいね」

 

「気がついたのは偶然です」


 たまたま隣の席になって、偶然セリスさんが睨んでいたから、理由を聞いてみただけで。

 

 僕は全然すごくない……。

 

「それでもセリスをサポートしてくれたんだろう。感謝しているよ」

 

「……勿体ないお言葉です」

 

「はは、堅苦しいって。もっと気楽に接してくれ」

 

「すいません、つい……」


 予想に反して、お互いを尊重し合っている関係のようだ。

 昼ドラみたいにドロドロな三角関係じゃなくてよかった。


 ……僕の考えすぎだった。

 

「君がセリスを助けてくれたのは、これで2度目だ」

 

「2度目……ですか?」

 

「覚えていないのかい。去年、セリスがトラブルに会っているところを助けてくれただろう?」

 

「去年……?」

 

「その時、私と会ったよね?」

 

「ユージーンさんと……?」

 

 そうか。校舎裏で男子と揉めていた女子を助けた時。


 颯爽と現れたイケメン王子の強烈なインパクトで、揉めていた2人の顔をほとんど覚えていない。


 あの時の女子がセリスさん……?


「これからもセリスを頼むよ」


 そう言って、ユージーンさんは爽やかに去っていった。


 分かりました。と返事をしたものの。

 僕にできることか……


 教室へ戻るとセリスさんと目が合った。相変わらず目つきは鋭いけど睨んでないのは分かる。


 その違いはもしかしたら、この世界で僕だけが分かるのかも知れない。


 セリスさんの瞳には、親しみが込められている。

 

 なんとなくだけど、そんな気がした。

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