卵を片手で割れない男はダサい!
國灯闇一
卵を片手で割れないだけなのに……
午後1時頃、1人の男がキッチンに立っていた。青紫のエプロンを着て、卵を持ち、片手で割る。割る。割る。割る……。
野崎しげるはボウルに入った殻の残骸を取り除き、ボウルを傾ける。菜箸でボウルの底を
殻はもうなさそうだった。
野崎は安心し、調味料が置かれたスペースに目を移す。塩、醤油、砂糖を入れ、卵をといていく。熱せられたフライパンに卵を入れる。ジュウッと食欲をそそる音が鳴る。
表面を震わせる卵と火加減を見ていると、部屋に電子音が響いた。ドアモニターを確認し、玄関へ向かう。
ドアを開けると、「よっ」と笑顔を咲かせる男。
根室まもるは、何も持たないでそのまま来た様子だった。
野崎は入るよう促す。
「やってるね~」
根室はお腹を押さえながら部屋に入る。嬉しそうな根室はテーブルに置かれた料理を見る。テーブルにはすでにたくさんの料理が並んでいた。
「先に食べてていいよ」
野崎はコップを持ってくると、ピッチャーに入った水を注いでそばに置いた。
「うん。ありがとう」
野崎は玉子焼きを皿に載せ、テーブルに持っていく。
根室は目の前に置かれた玉子焼きを見つめ、真顔でつぶやく。
「玉子焼き」
「うん。玉子焼き」
「ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「これ、目玉焼きだよね」
「うん」
野崎は何が言いたいんだろうと
「これ、スクランブルエッグ?」
「うん」
「これは?」
「チャーハン」
「これはオムレツ?」
「うん」
「卵、多くない?」
根室は食い気味に問いかけた。
「え、ダメ?」
「ダメじゃないけど、なんでかなーって」
「それはまあ――――」
野崎の口が重くなる。
根室は言いにくそうな顔をする野崎の反応にそそられ、よんどころない事情に分け入ってみたくなった。
「なんだよ。話せよ」
「実は俺、婚活始めたんだよ」
「あ、そうなんだ」
「いい感じになった女性と連絡取り合って、デートもしたりしたんだよ」
「すごいじゃん。相手何歳?」
「26歳」
「5歳下。ちょうどいいじゃん」
「俺、料理ちょっとできるよって言ったら、見たいです~~~! 言われたから、じゃあ俺んち来る? って聞いてOKもらえたから、家に招くことになって」
「おお、いいじゃんいいじゃん」
根室には首尾よい話に聞こえるが、野崎はしょんぼり顔で話す。
「で、そこで料理してたんだよ。一緒に。そしたら、彼女が『卵、両手で割るんだ』って、なんか意外そうな感じで言ってきたんだよ」
「ほう」
「片手で割らないの? って聞いてきたんだけど、俺両手でしか割れないんだよって言ったら、彼女が今まで聞いたことない低い声で『卵を片手で割れない男ってダサいくない?』って言ってきて、そのままお開き。音信不通なんだよ」
野崎が言い終えた後、数秒の沈黙が降りた。
「え、え、それで卵を使った料理作ってんの?」
「うん」
「あ、片手で割る練習してるから、ついでに料理作って、もったいないから俺が食べるってこと?」
「うん」
「それでこの前から職場に弁当持ってきてんのか?!」
「そう」
「は~~!」
根室は合点がいったと言いたげに声を漏らした。
「どう思う?」
「怖い」
「怖い? 彼女が?」
「お前が」
「俺!?」
「お前だよ!」
根室は野崎の驚きっぷりに嘘だろを口にしたくなったが、そんなことよりも同僚で友人の奇行の
「そんなこと気にしてんのかよ。気にしなくていいでしょ」
「でも、まだ好きなんだよ~!」
「そんな女やめた方がいいって」
「いやでも、それ以外は全然普通なわけ。逆にさ、卵を片手で割れるだけでその子と付き合えるんだよ!? だったらできるようになった方がよくない?」
野崎は早口でまくし立てる。
「そうだけどさ~」
熱くなった自分が途端に恥ずかしくなり、その場を取りつくろうように言う。
「まあ食えよ」
キッチンへ戻る野崎。
「まだ作るの? もう2人分以上あるけど」
「あと2品くらい作ったら俺も食べるよ。食べきれなかったら残していいから」
キッチンからまな板の上で包丁が立てる小気味いい音が聞こえてくる。
根室は数ある卵料理の中から茶碗蒸しを選び、スプーンですくって一口。普通に美味しい。
友人から食事に誘われ、タダ飯にありつけるこの状況は、根室からしたら申し分ないものだった。
だが、この野崎作の卵料理が健気で涙ぐましい理由によって作られたものだと思うと、なんとも虚しい気分になってしまった。
「お前の料理食べる度に思うけど、料理はうまいのにな~~!!」
「なんだよその言い方」
野崎は玉ねぎを切りながら根室に苦言を呈す。
「いや、別にいいんだけど、お前ちょっと変なとこあるじゃん」
「どこがだよ」
「ダサいって言われたら卵を割る練習するところとか」
野崎は顔を曇らせて根室を見やる。
「ごめんごめんごめん! 言い過ぎた」
根室は明るい声で謝る。
「一途なだけだもんな!」
根室は笑い飛ばし、卵料理に食らいつく。
「このかに玉うまっ!」
根室は大げさに褒める。
野崎は親子丼づくりを再開する。
「どんくらい練習してんの?」
「1週間くらい」
「できるようになったの?」
「いや……」
「そっかぁ……。ん~~~まあまあ」
「なんか言いたそうな感じじゃん」
「そういうわけじゃないけどさぁ~」
「はっきり言えよ」
「えぇ……」
根室はちょっと嫌そうに顔をしかめる。
数秒、逡巡したのち、根室は渋い表情で言う。
「言ってもいいけど、怒んないでね?」
「おお」
「これは、俺の想像ね。想像だってことを前提に聞いてね」
「うん」
「たぶんだけどぉー、その子はまったくお前に気がないんじゃないかなぁって」
「……そんなのわかんないでしょ」
「わかるでしょ! 卵を片手で割れない男がダサいって聞いたことある!?」
「なにが言いたいの?」
「だからね、理由はどうでもよくて、単純にお前との関係を解消したかったんじゃないかなぁって」
「……ん?」
野崎はあまりにシンプル過ぎる理由を聞かされ、逆に頭が追いつかなかった。
「お前は、その子がすごい変な子みたいに思ってるかもしんないけど、実際は普通の子なんだよ。婚活で連絡先を交換して、デートしてみたはいいけど、これからも……って考えたら無いなっていう時ってあるんじゃない」
「ごめん……。チョットナニイってるカワカンナイ」
「いや、たぶんそう思ったんだよ。でも、悪い人じゃなさそうだからなかなか別れを切り出しにくくて、ズルズル関係を続けてたんだよ。ずっとタイミングを見計らってた結果、卵を片手で割れない男はダサい! っていっちゃったんじゃないかなって……」
「それってさ、とにかく別れたいから適当な理由をつけて振ったってこと?」
「そうなんじゃないかな~って」
「え、適当な理由をつけて振るんならもっと自然なヤツあったでしょ。なんでよりよって卵を片手で割るのダサいなの?」
「最初は自然なヤツでいこうって思ってたんだって。だけど、タイミングとか、いい案が思いつかなかったんだろうな。いろいろ考えて、んまあ、考え過ぎちゃったのかな。もうこれでいく~~~ってなったんじゃない?」
「いや、いくらでも振る理由あったでしょ。絶対」
「もうちょっと無理ってなっちゃったんだろうなぁ」
「それさ、相当別れたかったってことだよね?」
「ん~そうね~~」
場が珍妙な空気になりつつあったが、わずかに振られたんじゃないかという可能性が浮上し、会話が止まった。
「まあ想像だからさ。本気にすんなよ」
根室はそう言うが、野崎の手は完全に止まっていた。気持ちを整理できないまま、料理を続行することはできなかった。
「ちなみに聞いていい?」
かに玉を頬張る根室は水を飲み、「なに?」と聞く。
「さっき言った話、どれくらいの確率であると思う?」
「……え?」
「適当な理由つけて俺を振ったって話」
「だから、俺はその人のことなんも知らないし、想像だか――――」
「でも、それ想像したってことはそこそこ可能性あるって思ってるんでしょ?」
「まあまあまあまあ……」
「何パーセント?」
「そんなことよりほら、お前卵割るれ――――」
「何パーセント?」
根室は野崎の陰気な瞳から発せられる圧に耐えられず、渋々口を開いた。
「ん~~~~20パーセント?」
「今、空気読んだろ?」
「読んでないよ。てか俺、空気読めないし。KY偏差値60だぞ」
「そういうのいいから。本心で言って」
根室は和ませようとする意図すら汲んでくれないらしい友人に少し腹が立ったものの、ぐっとこらえて自身が提示した可能性の確率を再算出する。
「ん~~ななじゅう5パーかな」
「めっちゃ上がったな」
「上がったね~!」
根室はこの悪い空気をどうにかできないかという気持ちが空回りし、とりあえず勢いと笑顔で野崎のご機嫌を
適当な理由をつけて振りたかっただけの可能性75パーセント(根室予想)を突きつけられた野崎は、すんとした表情をしており、友人のおかしなテンションに失笑する。
「50パーセントも上がったけど」
「そんなこともあるんだな~。うん」
咳払いし、根室が尋ねる。
「次、何作んの?」
「次は親子丼作ろうと思ったけど、たまごかけご飯にした」
「突然、適当になったな」
「もう、料理作んのやめる」
「そっか。最後の卵料理は、さぞかししょっぱいんだろうな」
「うるせえよ」
卵を片手で割れない男はダサい! 國灯闇一 @w8quintedseven
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