後編
『マンガがうがう』にて、この短編をベースにしたコミカライズが連載中です。よろしければ、こちらもぜひ!
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「先生!?」
と、アリシアが走ってきた。
「今、とてつもなく巨大な魔力が現れて――って、誰よあなた!?」
彼女がギョッとした顔になる。
「うわ、すっごい美形……って、そうじゃない! 先生はどこ行ったの!?」
「落ち着け、アリシア。俺だ。マリク・バレッタだ」
俺は彼女に言った。
「は? 先生は白髪のおじーちゃんですけど? そんな豪快な嘘つかれても、あたし騙されないもん!」
「じゃあ、俺の魔力を探ってみろ。魔力量は増したが、魔力の『質』は変わっていない。お前なら察知できるはずだ」
「魔力の質……」
アリシアが俺を見つめた。
しばらくしてハッとした顔になる。
「あーっ! 確かに先生と魔力の感じが同じっ! じゃあ、本当にあなたが――」
「マリクだと言っただろう。呪いが解けたんだよ」
俺はアリシアに苦笑した。
「まあ、すぐに分からなくても無理はないが」
「嘘、先生ってこんなに格好良かったんですか……!? うわ……うわわわ……めちゃくちゃタイプだよう……」
急に赤くなるアリシア。
と、
「あれ、そっちの石像は……」
アリシアがふたたびハッとなった。
俺とレイエスの間に何があったのか、想像がついたのだろう。
「もしかして、先生の呪いを解くために……?」
「察しがいいな。彼女は自らを犠牲にして俺の呪いを解いてくれたんだ」
説明する俺。
「こうなることが分かっていたら、解呪を受けなかったのに……」
唇をかみしめた。
無念だった。
「……直せないんですか?」
「石化の解除は簡単なことじゃない。ましてレイエスの場合は単なる石化魔法じゃない。俺の呪いを解く過程でこうなったんだ」
俺はアリシアに説明した。
「仮に石化を解こうとすれば、『なぜ石化したのか?』を解明する必要がある。そしてその術式に合わせた解除術式を組み立てなければならない。だから――」
言いかけて、今度は俺がハッとなる番だった。
そういえば、レイエスはこう言っていた。
――当時、祖父がかけた呪いに関して文献を調べ、ようやく解呪の方法を探し出しました。
つまりリーナスが俺にかけた呪いのことが、その文献には載っているはずだ。
なら、その文献を読めば、かつてリーナスが俺にかけた呪いの術式を解明できるだろうし、レイエスの石化解除の術式も作れるはず。
「よし……決めたぞ」
俺は決断した。
「レイエスが読んだという文献を探しに行く。そして彼女の石化を解除できる術式を作ってみせる」
「えっ? えっ?」
「アリシア、お前については既に免許皆伝だ。自分の好きなように生きるといい。俺もすぐに旅立つ」
俺はもともと独り身だし、身支度も簡単だ。
今日すぐにでも旅立てるだろう。
「ち、ちょっと待って、先生! あたしも連れて行ってください!」
アリシアが慌てたように叫んだ。
「お前はもう俺の元から巣立つべきだ。自分の好きなように生きろ、と今言っただろう」
俺は可愛い弟子を諭した。
「俺はもう師匠じゃない。これからは一介の魔術師として――まずレイエスを救うために旅立つ――」
ごおおおおおっ……!
周囲を猛烈な勢いで空気が流れていく。
俺は飛行魔法で空を飛んでいた。
一人旅なんて五十年ぶりだ。
何もかもが新鮮だった。
もちろんレイエスのことを忘れたわけじゃない。
彼女の石化は必ず解いてみせる。
とはいえ、それとは別に旅に対して浮き立つ気持ちがあるのは事実だった。
魔王との戦争が終わった当時は、せっかく訪れた平和を満喫することもなく、すぐに辺境まで逃げる羽目になった。
以来、ずっとあの村にこもりっきりだ。
「……体が少年に戻ったんだし、もう少し若者らしい服装に変えるか」
俺は自分の服を見て、苦笑した。
服を買いに行くため、適当な町に降りるとしよう。
と、そこで――。
「なんだ……!?」
前方の都市から黒煙が上がっていた。
俺は飛行魔法の速度を上げて、町に入った。
「これは――」
あちこちで悲鳴が響く。
町は、襲われていた。
巨大な黒い影。
翼や尾を備えた異形の怪物たち。
「魔族……!?」
そう、魔族だ。
五十年前の大戦で、そのほとんどが死滅し、あるいは故郷である魔界に逃げ帰った闇の種族だ。
それが、町の人たちを襲っている。
「なんで魔族が……」
ふたたび魔界から現れたのか。
あるいは人間界のどこかに潜んでいたのか。
どちらにせよ、襲われている人たちを助けることが先決だ。
「やめろ」
俺はすぐ近くで町の人たちを襲おうとしている三体の魔族の前に立った。
「さっさと逃げろ」
と、その母子に言い放ち、魔族たちに視線を戻す。
「なんだ、お前は」
「人間が」
「お前も食ってやろうか、ええ?」
魔族たちがすごむ。
俺は冷ややかに奴らを見詰めていた。
「魔族と戦うのも五十年ぶり……か。魔力が戻ったばかりだから上手く手加減できないかもしれんぞ」
鼻を鳴らす。
「手加減だと? 人間ごときが俺たちに何言ってやがる!」
魔族たちがいっせいに向かってきた。
「――遅い」
俺の目は体内を流れる魔力によって、常にあらゆる感覚を増幅し、常人の数百倍の反射と解像能力を誇る。
奴らの動きが丸見えだった。
あまりにもスローすぎる。
「とりあえず消すか――【バレット】」
俺が放った魔力弾が三体を飲みこみ、消し飛ばした。
もちろん、これも異界の魔王の力を借りた魔王級魔法だ。
「うおおおおおおおおおっ!?」
「す、すごい、魔族をこんなにあっさり――」
「助かったよ! あんた、強いな!」
「いや、強すぎでしょ!」
町の人たちがいっせいに騒ぐ。
「全員無事か?」
俺は彼らを見回した。
ひどい怪我でもしている人がいるなら回復魔法を使おうと思ったのだが、見たところ軽いケガをしている者が大半で重傷者はいないようだ。
「あの魔族たちはなんだ?」
「俺たちにも分からない。なんでも人間界に本格的に侵攻するとか、この国の都や主要都市に一斉攻撃しているとか……魔族たちがそんな話をしているのが聞こえたな」
「ああ、俺も聞いた。昔話みたいにまた魔族との戦争が起きるんじゃないだろうな……」
住民たちは不安がっている様子だ。
「一斉攻撃だ……!??」
俺は戦慄した。
とんでもないタイミングで村を出たものだと我ながら呆れてしまった。
いや、あるいは――。
レイエスはこのことを知っていて、慌てて俺の呪いを解きに来たのかもしれない。
今にも起きようとしている魔族との大戦争に備え、俺に力を取り戻してほしい、と。
自らを犠牲にして――。
「だとすれば……彼女こそ英雄だ」
祖父とは違う。
自らの栄誉ではなく、世界のために身を捨て、俺の力をよみがえらせてくれた。
「もしそうなら……俺は彼女に報いなきゃいけないな」
彼女を救うべき理由が、もう一つ増えた。
「まず手始めに――この町を襲う魔族を、すべて倒してやる」
※
王都は、炎上していた。
突然現れた魔族の軍団によって。
数十年の間、平和を謳歌していた軍は弱体化しており、騎士も魔術師も瞬く間に壊滅した。
五十年前の大戦を知る猛者たちも、ほとんどが老い、あるいはすでに冥府へ旅立った後だ。
その数少ない生き残りの一人――大魔術師リーナス・ゼルは七十歳を超える老齢ながら、強大な魔法を操り、魔族に立ち向かっていた。
「くっ、しょせん多勢に無勢か……」
なんとか一体倒すことができたものの、寄る年波には勝てない。
たちまち十体を超える魔族に囲まれてしまった。
「かつての英雄もこの程度か」
「前魔王様への手向けとして、そして現魔王様への手土産として――」
「お前の首を取る、リーナス」
魔族たちが笑う。
「おのれ……ぇ」
リーナスがうめく。
五十年前と比べて、大きく衰えた魔力では勝てそうになかった。
英雄としてチヤホヤされ、魔術師としての鍛錬などもうずっとしていない。
まさか、ふたたび戦う時が来るとは想像していなかった。
それほどまでに大平の世は長く続いていたし、これからも続くと信じていたのだ。
それが――なんの根拠もない願望に過ぎなかったことに、今さら気づく。
「僕が、こんなところで死ぬのか……? 魔王殺しの英雄、リーナス・ゼルが……」
「魔王殺し? 初耳だな。お前が魔王を殺したなんて」
涼しげな声が、突然聞こえた。
「えっ……?」
リーナスは呆然と振り返った。
聞き覚えのある声だった。
何十年経っても決して忘れない……忘れられない声。
「い、いや、そんなはずはない。あいつは死んだはず――」
「死んではいない。隠居していただけだ」
かつ、かつ、と足音と共に黒煙の向こうから誰かが近づいてくる。
真紅の髪に青い瞳、少女と見間違いそうなほど整った顔立ちの少年――。
「お、お前……お前は……」
「久しぶりだな、リーナス。随分と老け込んだものだ」
少年がこちらをジッと見つめる。
凍るように冷たい視線だった。
「昔話は後にしようか。まず、こいつを片付ける」
右手を前に突き出すと、まばゆい光があふれた。
「っ……!」
信じられないほどの圧倒的な魔力だった。
「やはり、お前は――」
ごうっ!
閃光が、放たれる。
たったの一撃――。
彼が放った攻撃魔法は、高位魔族を一瞬で消し去ってしまったのだ。
「ば、馬鹿な……強すぎる……!」
魔王を殺した男。
かつて『漆黒のガリアード』と呼ばれた男。
「マリク……!」
魔法封じの呪いをかけ、世界から追放された彼は、その後消息を絶っていた。
てっきり野垂れ死んだものかとばかり思っていたが……。
「生きていたのか……」
「もう一回、魔王討伐をやろうと思ってな」
振り返ったマリクの顔は、五十年前と同じく闘志にあふれていた。
これは――すべての始まり。
冤罪によって世界から追放された『魔王殺し』が、今度こそ世界を救う英雄となる物語。
そして、真の英雄を追放した『汚れた英雄』が世界に断罪される物語だ――。
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