中編

『マンガがうがう』にて、この短編をベースにしたコミカライズが連載中です。よろしければ、こちらもぜひ!

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 そうして――50年が経った。


 俺はすでに70歳半ば。


 すっかり老人である。


 さすがに体力的に弟子を取るのもきつくなっていた。


「だから――お前が最後の弟子だ、アリシア」

「はい、先生!」


 元気よくうなずいたのは、十代半ばの美少女だ。


 アリシア・エスカ。


 とある貴族の隠し子らしく、色々な事情があって俺のところにやって来た。


 その素質は、俺が今まで受けもった弟子の中でもトップ3には入るだろう。


 あるいは、歴代で最強かもしれない。


 そんな逸材を俺は五年間じっくり育て上げた。


 今や彼女の実力は、宮廷魔術師クラスか、それ以上――。


「……先生、誰か来ます」


 と、アリシアが不意に険しい表情になった。


「すさまじい魔力だな」

「先生も気づいてた……って、当たり前ですよね、あはは」


 アリシアが笑う。


「魔力感知に関しては、呪いで衰えたりはしていないからな。まあ、攻撃や防御はまるでダメだが」


 苦笑交じりに説明する俺。

 と、


「ここにマリク・ガリアード殿がいると聞いて参上いたしました」


 やって来たのは一人の少女。


 アリシアと同い年くらいだろうか?


 それにしても『ガリアード』とは。


 俺が五十年前に捨てた姓だ。


 懐かしく、そして忌まわしい姓だ。


 俺はどう答えるか迷った。


 俺のかつての名前『マリク・ガリアード』は悪名が世界中に広まって言える。


 とはいえ、それはもう五十年も前のこと。


 今はもう太平の世の中だし、名乗っても問題ないだろうか?


 だけど、念のために――、


「マリクは俺だが――あいにく『ガリアード』ではなく『マリク・バレッタ』という名だ」


 そう偽名を名乗っておいた。


「……なるほど、かつての名を変えられたのですね」


 少女が一礼した。


「申し遅れました。私はレイエス・ゼル。かつて魔王と戦った魔術師『リーナス・ゼル』の孫です」

「っ……!」


 俺は息を飲んだ。


 まさか今ごろになってリーナスの孫がたずねてくるとは。


「少し二人だけで話せないでしょうか? 祖父のしたことで、あなた様にお聞きいただきたいことが」

「……分かった」




 俺たちは場所を移した。


 ひと気のない森の中である。


 ずっと立っているのは足腰がつらいので、手近の切り株の上に腰を下ろす。


 最近、膝の関節の調子がよくないので、それだけで鈍い痛みが走った。


「さっきは偽名を名乗ったが、俺の本当の名前は『マリク・ガリアード』という。まあ、分かっているとは思うが、いちおう……な」


 俺は苦笑交じりに言った。


「ええ、存じております」


 うなずき、レイエスはその場に両ひざをついた。


 さらに頭を地面にこすりつけ、


「祖父のしたこと、今さら許されることではありませんが……誠に申し訳ありませんでした……っ」

「お、おい……?」


 いきなりの土下座に俺の方が驚いてしまう。


「あなた様は世界を救った英雄――にもかかわらず、祖父たちによって汚名を着せられ、この地まで追われ、魔法の力もほとんど失ったと聞いております」


 レイエスが顔を上げた。


 額に土くれがついている。


「せめてもの償いをするため、私はこの地に参りました」

「償い?」

「まず、私に対しては祖父に変わって、いかなる処罰も受けるつもりです。あなた様の好きに扱ってください」


 レイエスが言った。


「いや、俺は別に……そもそも君の祖父とは色々あったが、君自身には何の罪もない」

「私が、償いたいのです」


 レイエスは強い口調で言った。


「そして、もう一つ――これも今さらかもしれませんが、あなた様の呪いを解かせていただきたいのです」

「できるのか、そんなことが……!?」


 俺は驚いた。


「おそらく。ただし、あなた様の協力が必要になります」


 と、レイエス。


「私の解呪魔法をあなた様が受け入れてくれれば……」

「君が解呪してくれるのか?」

「はい。当時、祖父がかけた呪いに関して文献を調べ、ようやく解呪の方法を探し出しました。随分と時間がかかってしまいましたが……」


 レイエスが言った。


「どうか、解呪の魔法を使うことをお許しください」

「俺としても呪いが解けるなら、ありがたい」


 俺は彼女に言った。


「君が解いてくれるというなら、ぜひお願いしたいところだ」

「では――」


 レイエスが立ち上がった。


「俺の方で何かすることは?」

「ありません。私に対して『受け入れる』意志を示していただくだけです」


 と、レイエス。


 受け入れる――か。


 たとえば、これがリーナスの仕掛けた罠ということもあり得る。


 可能性としては、だが。


 レイエスの必死な表情だって演技の可能性はあるわけだ。


 演技とは思えない迫真さがあったものの、初対面の人間を無条件に信じるほど俺は純粋じゃない。


 とはいえ――。


「まあ、いいか」


 俺はもう十分に生きた。


 仮にこれが罠だったなら仕方ない。


 逆に罠じゃなければ魔法の力を取り戻せるかもしれない。


 賭けてみるのも悪くない。


「君の解呪を受け入れよう、レイエス」


 俺は言葉で意志を示した。


「ありがとうございます。初対面の私を信じてくださって……そして、私に祖父の罪を償う機会を与えてくださって……」


 ポウッ。


 レイエスの全身が淡い光に包まれた。


 美しい純白の光――その一部が俺に伸び、胸元に吸い込まれていく。


「これは――!?」


 体の芯が熱くなった。


 全身の血液が沸騰するような錯覚。


「魔力だ……」


 呪いを受けて以来、ほとんど枯渇していたと思っていた魔力がすさまじい勢いで湧き出してくるのを感じる。


「おお……!」


 体中が軽くなった。


 俺はもともと魔法によって、数百年は若いままでいられるだけの力を身に着けていた。


 呪いで魔法の力の大部分を失い、そういった『若さの維持』もほとんどできなくなり、今は年齢相応の老人の状態だったのだが――。


「戻った……戻ったぞ……!」


 体が一気に若返っていく。


 六十代、五十代、四十代――。


「ん? 前より若くなっているような……?」


 この感覚は十代半ばくらいだ。


 呪いを受ける直前、俺は二十代半ばだったのだが。


 まあ、急激に魔力が戻ったから、その辺の調整がズレてしまっているのかもしれないな。


 どのみち、全盛期の魔力が戻った感覚がある。


「ありがとう、レイエス。君のおかげで俺は――」


 礼を言おうと彼女の方を振り返ったところで、俺はギョッとなった。


「レイエス……!?」


 彼女の全身が――灰色になっていた。


 石だ。


 レイエスの全身が石化している。


 いや、正確には頭部だけが生身だった。


 けれど、その頭部も徐々に灰色に変わっていく。


「レイエス!」

「これが――解呪の代償、です……」


 苦しげな息の下でレイエスがつぶやく。


「間もなく私は完全な石に……変わって……」

「直す方法は!?」

「ありません……ですが、これはせめてもの……罪滅ぼし……」


 レイエスの声が小さくなっていく。


 もはや話すのも苦しいのだろう。


「マリク様は、どうか……自由に……これからは……生き……」

「も、もういい! それ以上しゃべるな……!」

「今まで……ほ、本当に……ごめんなさ……」


 彼女の瞳から涙がこぼれおちる。


 そして、その顔がすべて石と化した。


「レイ……エス……」


 俺はうなだれた。


 呪いが解けても、こんな年端もいかない少女を犠牲にしてまで――喜べなかった。


 リーナスに対しては怒りや恨みはある。


 けれど、孫のレイエスに対してそんなものはない。


 彼女が犠牲になる理由なんてないのに……。







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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。

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