第9話 洸太 vs クロエ③
現にクロエはそのことに気付いている素振りも無く、こちらが成す術もなく一方的にやられていく姿を見て随分と勝ち気な様子。パワー、能力、戦闘力そして経験値。全てにおいて洸太を凌駕しているため、余裕なのも当然だった。
恐らくスキルが再び使えるようになるための時間稼ぎに、ただ弄んでいるだけの可能性も考えられるが、だがこちらとしてはそれが寧ろ好都合だった。彼女がそれだけ余裕であるならば、油断する瞬間が必ず生まれる。
その一瞬を狙って、突撃した勢いに任せただけの、お世辞にもパンチとは言えない、ただ拳を真っ直ぐ伸ばすだけだった。
それなのに、こんな避けられる前提で突き出した、当てる気なんてさらさら無い見せかけの拳が当たってしまった。それも彼女の顔面にもろに入れてしまい、挙句殴り飛ばしてしまった。
当たるとは思わなかった上に、当てるつもりも無かった。これまで仕掛けたどの攻撃も彼女に躱されてきたため、寧ろ避けられるのではないかと踏んでいただけに全くの予想外だった。
自分が強くなったのではない。彼女の中で何かが起きて、それで戦いに集中できなくなって避けられる攻撃をつい食らってしまったことが、一番の理由であると理解した筈だった。
しかし洸太は、理由はそれだけではないと考え、後々振り返ってみれば、殴る態勢に入ったときに自分の中で異変が起きた。無意識のうちに自分の中にある「相手を殴りたい」という本能が湧き上がって、それが体に伝わってしまった。
そのせいで、殴るつもりは無かったにも関わらず、結果的に殴ってしまったのではないかと推察する。
想定外の事態となり、これまで自分が受けた攻撃に対して一矢報いるまでには至らずとも、幸か不幸かこれで逃げる隙が出来た。一旦考えるのを止めて今のうちに陽助のところへ飛んでいこうとしたその時、クロエがゆっくりと起き上がった。
「あれ、あたい……」地面を勢いよく転がっていった衝撃で、これまでの出来事や今の状況を理解できずにいたが、洸太を見てすぐに思い出す。
「くっ……」と、クロエに睨まれた洸太が動きを止めて身構える。
「よくも、あたいを……この模造品がぁ」と、洸太に殴られた頬に触れ、怒りを露わにしてビッグディッパーを念力で引き寄せようと手を伸ばそうとしたその時、指に赤い血が付いているのが見えた。
「えっ、血……?」指に付着しているそれを見て、そんな訳が無いともう一度頬に触れてみたところ、口元に付いていることが分かり、指でゆっくり拭き取ってよく見ようと手を近づける。
確かに血だ。紛れもない、自分の口から流れ出たものだった。それを受けてクロエは、何か悍ましいものでも見てしまったかのように、目を見開いて血相を変える。
「う……そ……」血を見た途端に愕然とし、目がキョロキョロと泳ぎ出す。
背筋が凍って手が震え出し、次第に全身に伝わる。動悸も激しくなり、呼吸も荒くなっていった。そしていつの間にか、全ての音という音が消え去って、洸太を含めた周りの空間そのものが無音になった。
「いやっ」と、震えた声で無意識に発し、頭を左右に振る。
まるで何かに怯えているような様子だった。やがて両手で頭を抱えて俯き、目を閉じると、拭き取った血が強烈に頭の中に焼き付いて離れず、それが「あること」を想起するトリガーとなり、その瞬間クロエの中で何かが壊れた。
「い……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
天を仰いで耳を劈く甲高い声で発狂するクロエ。その叫び声は、人間が出せる最高音よりも更に高い音域の声を出している。鳥の囀りが天使の口笛などと呼ばれたりするが、クロエのこの悲鳴は天使の絶叫と呼んでも過言ではない。
あるいは、カラオケで歌を歌っているときに、不意にマイクがハウリングした際に鳴る「キィーンッ」という不快な音とも似ていた。
最早凶器と化したその悲鳴とともに、「ドッ」と途轍もない衝撃波が四方に放たれた。その猛烈な衝撃波が地面を割り、大気を震わせ、あらゆるものを吹き飛ばしていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます