第8話 猫を助けるために壁を壊した件7

 声の主は、この家の持ち主ジュドーだ。


「ねえ、シェリーナさん。ここで見たことは、内緒にしてもらえるかな?」


 いつもと変わらぬ様子で、ジュドーはシェリーナに声をかけた。

 その声には、焦りも罪悪感も感じられない。


「あれ? どうしたの? 怖くて声が出ない?」


 無邪気な笑みを浮かべるジュドー。

 笑みといっても、吐き気を催すほどの邪悪な笑顔だ。


「ねえ、反応してよ、シェリーナさん」


 ジュドーは壁にかかるナイフを手に取る。

 そして、シェリーナに向かって、まっすぐ手を伸ばし刃先を向けた。


「このナイフは、その黒猫を切ったナイフだよ。業物でね、何でも切るんだ」


 シェリーナに少しずつ近づくジュドー。

 邪悪な笑みに、さらに強烈な不快さが加わる。

 もはや人の顔ではない。


「さすがに君を殺しはしないけど、せっかくだし、ちょっと遊んでもらってもいいかな? ははは」

「……どうして」

「え? なになに!」


 声を出したシェリーナに喜びを見せるジュドー。

 シェリーナが恐怖におののいて、これまで声を出せなかったと思いこんでいる。



「もう一回! ねえ、お願い! もう一回声を聞かせて!」

「どうして、こんな酷いことをするんですか?」

「わー、その反応最高! はあ、もっと聞かせて!」


 ジュドーはシェリーナの正面に立ち、舌を出してナイフの側面を下品に舐めた。

 そして、そのナイフをゆっくりとシェリーナの胸元に向ける。


「ヤバい! 猫なんて比べものにならない! 興奮が! 興奮が止まんない! やっぱ人だよ!」


 ジュドーは荒い呼吸のまま、ナイフをゆっくりと下ろす。

 業物と呼ばれたナイフは、容易くメイド服を切り裂いていく。


「はあ、はあ。まだ肌には傷つけないからね!」


 興奮を抑えきれないジュドー。

 さらにナイフを下ろすと、シェリーナの白い胸元があらわになった。


「ひ、ひひひ! 想像以上だ! 今までで一番だよ! 本当に綺麗だ!」


 シェリーナはうつむいたまま動かない。


 それをジュドーは恐怖で動けないと判断した。

 それもそうだ。

 大量の猫が切り刻まれている異常な地下室で、異常者の自分にナイフを向けられているのだから。


「シェリーナさんを初めて見た時から、いつかこうしようと思ってたんだよ。でも、こんなに早く来るとはね。猫たちには感謝だよ。ひひひ」


 もう少しシェリーナの反応が見たいジュドーは、シェリーナの恐怖を煽る言葉を考えていた。


「ねえ、そのハンマーで反撃してもいいけど、間違ってナイフが胸に刺さっちゃうから気をつけてね。ひひひ」


 ジュドーはナイフを握る手に力を込めた。

 このまま一気にメイド服を切り裂くつもりだ。


「人は殺しちゃうと怒られるから我慢してたけど、もう無理だ!」


 壁の拘束具を使ってシェリーナを拘束し、初めて人間を切り刻む。

 殺さないとは言ったが、ここまで来たら歪んだ欲望はもう止まらない。

 初めての相手が美しいシェリーナだ。

 ジュドーの興奮は頂点に達していた。


「ああ、もうダメだああああ! イクうううう!」


 その瞬間、ジュドーが握るナイフの先端が消失した。


「どうしてこんなに酷いことをするんですか?」

「な、なんだ?」


 先端が消えたナイフは、さらに刃を短くしていく。


「え? な、なにこれ?」


 少しずつ刃を減らし、ついに半分まで短くなったナイフの刃。


「許さない……」


 普段のシェリーナからは、想像もつかない低い声が漏れる。


「ひっ!」


 その迫力に恐怖したジュドーは悲鳴を上げながら、後ずさりする。

 ナイフの刃は徐々に消えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る