第4話 猫を助けるために壁を壊した件3
◇◇◇
派遣当日を迎え、シェリーナは徒歩で顧客の家に向かう。
服装は当然ながら、メイドの正装たるメイド服だ。
右手には茶色い革製の四角いトランクケースを持つ。
このトランクケースに、清掃用具など業務に必要な道具を入れている。
シェリーナのメイド服は長袖タイプだ。
色は黒を基調としており、襟とカフス、スカートの裾のフリルのみ白い。
そのスカートは、くるぶしまであるロングタイプをチョイス。
メイド服に関しては、各自好きなデザインを選ぶことが可能だった。
前任の課長が許可していたため、新課長となったオリハルトも継続している。
もし禁止すると言えば、全員から猛反発を食らっただろう。
オリハルトは可能な限り、メイドたちの希望を聞くようにしていた。
聞かないと、何を言われるのか分からないからだ。
シェリーナはメンバーの中で、最もオーソドックスなメイド服を選んでいる。
白いエプロンを着用し、金色の長髪はいつものようにポニーテールだ。
道行く人々は、シェリーナとすれ違うと振り返る。
それはメイド服が珍しいわけではなく、シェリーナの容姿に見惚れたためだった。
大きな蒼い瞳、長いまつ毛、筋の通った鼻筋、薄い唇。
十人に会ったら、十人が口を揃えて美人と言うだろう。
本人には一切自覚がないのだが、それがシェリーナらしいといえる。
街道を進み、程なくして顧客の自宅に到着した。
外壁に囲まれた広い庭付きの一軒家だ。
依頼者の名はジュドー・イルマス。
二十八歳の男性で、この借家に一人で暮らしている。
仕事で家を空けることが多いため、週に一回のペースで派遣メイドを依頼していた。
ジュドーは知人から人材派遣局のメイドを勧められたことで、ものは試しと前回初めて依頼。
壁を壊すという前代未聞の事件があったが、愛猫を大切にしてくれるシェリーナの姿勢と、丁寧な仕事ぶりを気に入った。
シェリーナは鉄製の門を開け、レンガの小道を進み、玄関の扉に設置されているドアノッカーを叩く。
「人材派遣局のシェリーナ・リアデルです!」
二度ほど繰り返すも、返事がない。
「あれ? 不在ですか? 困りました……。ん? この臭いはなんだろう。焦げた臭い?」
しばらくすると、庭の方から人影が近づいてきた。
「シェリーナさん、ごめん! 庭にいて気づかなかったよ!」
「イルマス様! 先日は大変申し訳ございませんでした!」
ジュドーの姿が見えると、シェリーナは勢いよく頭を下げた。
ポニーテールが宙を舞う。
「ちょ、ちょっと! 頭を上げてよ! むしろ、うちの猫を助けてくれて感謝してるんだから」
「あ、ありがとうございます」
これは社交辞令ではなくジュドーの本心だ。
そうでなければ、もう一度同じメイドをするわけがない。
「イルマス様。依頼内容は伺っておりますので、さっそく始めさせていただきます」
「うん。家のことは分かるよね?」
「はい。前回で覚えました。問題ございません」
「じゃあ、僕は出かけるから、あとよろしく。家の鍵は帰宅する時に、ドアポストに入れておいてね」
「かしこまりました」
「猫の餌はさっきあげたから安心して。もし悪さしそうだったら叱ってあげてね」
「そんな、叱るなんて……」
「はは、じゃあ任せたよ」
「はい、かしこまりました」
「それじゃあ、行ってくるね」
「イルマス様、お待ちください。肩に埃がついてます」
「ん? あ、本当だ。庭の焼却炉でゴミを焼いていてね。その灰かな」
シェリーナが小さなブラシを取り出し、灰を払った。
その様子を見て、ジュドーは驚きと歓喜の表情を同時に浮かべた。
「わ、ありがとう!」
「とんでもないことでございます」
「メイドさんって凄いな。じゃあ行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいませ!」
「おお! メイドさんにいってらっしゃいって言われちゃった! 張り切っちゃおうっと!」
ジュドーは喜びながら自宅を出た。
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