シェリーナ・リアデル
第2話 猫を助けるために壁を壊した件1
◇◇◇
ヴァルスト王国の首都ヴァルス。
中心地の第一街区には、王が住まう美しい白亜の城が建つ。
その周囲に、国家の中枢を担う貴族院や元老院、中央局、そして騎士団が本部を構えている。
そんな華やかな中心地から離れた第六街区に建つ古城。
城門には『人材派遣局』と彫刻された石看板が掲げられている。
数百年前に建造された堅牢な城だが、城主である貴族が断絶。
国が没収したものの、中心地から遠いこともあり、扱いに手を焼いていた。
そんな折、十年前に設立された人材派遣局が、この古城を本部として使用開始。
オリハルトが課長を務めるメイド課も、この古城内に所在している。
◇◇◇
「オリハルト課長、新しい依頼です」
「ありがとうございます。アリッサさん」
事務職のアリッサさんから、書類の束を受け取った。
「アリッサでいいですよ? 部下なんですから」
「でも、年上ですから」
「気にしないでください。ふふ」
アリッサさんは二十六歳と俺よりも一つ年上で、事務仕事のエキスパートだ。
優しく穏やかな雰囲気は、メイド課の良心と呼ばれている。
いや、呼んでいるのは俺だけだが。
アリッサさんの薄桃色のロングヘアーが、窓から入る風に揺れる。
思わず見惚れると、俺に優しく微笑み返してくれた。
やっぱり癒やされる。
「ちょっと、オリハルト君。アリッサをそういう目で見ないでくれる? キモいんだけど」
「そ、そういう目ってなんですかっ!」
「だから今の君の目よ。キモいわよ?」
エリザベータさんが、まるで
俺の机に最も近いため、何かと茶々を入れてくる。
「席替え……したい」
俺は誰にも聞こえない声で呟いた。
「席替え? 何言ってんのよ。仕事もろくにできないくせに、偉そうなこと言わないでちょうだい」
「ぐっ」
エリザベータさんには聞こえていた。
信じられないほどの地獄耳だ。
何も言い返せないし、言い返したところで百倍以上の反撃が待っている。
俺は無視を決め込み、書類に目を通す。
「え? またあの家から依頼?」
俺は思わず声を出してしまった。
正面に立つアリッサさんが微笑んでいる。
「はい。シェリーナちゃんが壁を壊してしまった家からの依頼です」
「しかもシェリーナを指名か」
「気に入ってくださったようですね。シェリーナちゃんはいつも一生懸命ですから」
「それはありがたいけど……。また壁を壊さなきゃいいなあ……」
俺の言葉を聞いたエリザベータさんが、嫌味のように猛烈な溜め息をついた。
「別に壊したっていいでしょう。あなたが責任を取るだけだもの」
もうこの人いやだ……。
俺は一度咳払いして、アリッサさんの顔を見上げた。
「ところで、アリッサさん。シェリーナはどこへ?」
「今日は皆さんと訓練室に行ってます。昼までの予定です」
「あ、そうでした。午前中は全員訓練でしたね。じゃあ、終わったらそのままランチか。ランチが終わったらシェリーナに伝えますね」
「はい。お願いします」
自席に戻るアリッサさんの背中を見送り、俺はエリザベータさんに視線を向けた。
メイド課全員の訓練だというのに、なぜこの人はここにいるのだろうか?
「エリザベータさんは、訓練室に行かないんですか? 全員訓練ですよ?」
「あらあら。オリハルト君は私に訓練が必要だと思って?」
「い、いえ……。しかしですね……全員なので……」
エリザベータさんが呆れた表情を浮かべながら、見るものを凍らせるような視線で俺を睨みつけている。
正直、エリザベータさんは完璧だ。
仕事に関しては非の打ち所がない。
仕事に関してだけだが。
「た、大変失礼しました」
だからといって仕事をサボっていいわけではないのだが、俺は何も言えなかった。
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