うちのメイドはやりすぎるっっ!
犬斗
プロローグ
第1話 新人課長は怒られる
◇◇◇
「ふう。任務完了ですね」
「うん。でも五人で来る必要なかったよね?」
「命令だ」
「帰ったら何を作ろうかしらあ」
「まだ早いわね。レストランへ行くわよ」
メイド服を着た五人の女性が、一軒の屋敷から姿を現す。
庭園の遊歩道を歩きながら、青髪のメイドが銀髪のメイドを見上げた。
「ねえ、エリちゃん。うちに新しい課長が来るんでしょ?」
「そうよ、リリア。課長に昇格して、うちに異動ですって」
「え? 新人課長なんだ。エリちゃん、いじめないでよ?」
「いじめる? そんなことするわけないでしょう?」
「前の課長さんは、心労だったんでしょ?」
「私は事実を述べただけよ」
黒髪のメイドが、緑髪のメイドに視線を向ける。
「新課長は強いのか?」
「どうでしょう。でも、レオリアちゃんより強い人はそういませんからねえ」
金髪のメイドが、僅かに不安そうな表情を浮かべる。
「私は優しい人だと嬉しいです」
五人はそれぞれの意見を述べながら、優雅に屋敷を後にする。
その優雅さとは対照的に、背後の屋敷では数十人の男たちが倒れていた。
◇◇◇
「オリハルト課長、この請求書はなんですか?」
「そ、それは……、あの……。派遣先で壁を壊してしまいまして、その修理代です」
荘厳な調度品が並ぶ局長室。
部屋の中心には、繊細な彫刻が施された年代物の机が鎮座する。
その座席に座る白髪の男性を前に、俺は焦りを隠せない。
「どうやったら、メイドが派遣先の壁を壊すのですか?」
「大変申し訳ございません。改めて始末書をご提出いたします」
そして局長に向かって、深く頭を下げた。
「君はもう管理職なんですよ? 現役の時とは違う。しっかりと部下を使いこなさなければなりません」
「はい。承知しております」
「私はね、君ならできると思ってるのです。期待してますよ」
「ありがとうございます」
俺はもう一度深く頭を下げて、局長室を退室した。
人材派遣局メイド課の管理職となって早一か月。
所属のメイドたちを管理しているのだが、これが上手くいかない。
面倒……ではなく、個性的なメイドたちに翻弄されてばかりだ。
「俺に課長なんて無理だよ。現場に戻りたい」
溜め息をつきながら、廊下を進みメイド課へ戻った。
部屋には机が七つ置かれている。
六つの机は三つずつ向かい合って設置されて、一つの島になっており、少し離れた窓際の大きな机が俺の課長席だ。
俺の机には、一杯のコーヒーが置かれていた。
まだ淹れたばかりのようで、湯気が立ち上る。
そして、トレーを胸に抱えた女性が一人立っていた。
「課長。大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫だったよ、シェリーナ。ただ、今回はちょっとやりすぎちゃったね」
「す、すみません!」
トレーを抱えながら、勢いよく頭を下げるシェリーナ。
金色のポニーテールが鞭のように弧を描き、メイド服のスカートが大きく揺れる。
「原因はなんだったのかな?」
「猫が……壁の隙間に挟まってしまって」
「猫? えーと……、猫を助けるために壁を壊したのかい……」
「す、すみません」
顔を上げたシェリーナの瞳には、涙が溢れている。
今にもこぼれ落ちそうだ。
「猫か。確かに猫は可愛いもんな。だけど……」
猫を助けるために、壁を壊すなんて非常識すぎる。
それも顧客の自宅だ。
だが、俺は怒るに怒れない。
管理職とはいえ、新人ゆえに気後れしてしまう。
「シェリーナ。猫を助けたいと思う気持ちは素晴らしいよ。だけど、これからは壁を壊さないようにね」
「はい! 申し訳ございませんでした!」
シェリーナがもう一度頭を下げると、ポニーテールが宙に舞った。
「始末書の書き方は分かるかな?」
「はい、慣れてますので」
慣れているのかと思いつつ、それは口に出さない。
シェリーナに席へ戻るように指示を出し、俺はコーヒーを口にした。
「ちょっと、オリハルト君?」
「な、なんですか、エリザベータさん」
俺の机に最も近い席に座るエリザベータさんが声をかけてきた。
うちのメイド課で最年長となるエリザベータさん。
銀色の長髪で、縦ロールがとても似合う、驚くほど美麗な女性だ。
この人も部下なのだが、俺は苦手中の苦手だった。
正直……怖い。
「猫のために壁を壊すなんて当たり前でしょう? 何言ってんのよ?」
「い、いや、それはダメでしょう」
「じゃあなに? 君は猫が死んでもいいって言うの? バカなの?」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか!」
「はあ、ほんっとに冷たい男ね。だから彼女ができないのよ。バカだし薄情だし」
「それは関係ないでしょ!」
「ふふん」
エリザベータさんが鼻で笑い、氷のような凍てつく視線で俺を見つめている。
そして、一つ机を挟んだ端の机に座るシェリーナに身体を向けた。
「シェリーナ、ランチへ行くわよ」
「私、始末書を書かなくちゃ……」
「いいのよ。始末書なんてオリハルト君に書かせなさい。そのための役職なんだから。新課長は机に座ってるだけだもの。楽なものよ」
「で、でも……」
「近くに美味しいレストランができたのよ。行くわよ」
「は、はい」
エリザベータさんが強引にシェリーナを連れて、部屋を出ていってしまった。
なんて横暴な人だろうか。
本当に苦手だ。
「はああ。もう嫌だ。現場に戻りたい」
俺はシェリーナの机に向かい、白紙の始末書を手に取った。
そして、自席に戻る。
「猫を助けるために壁を壊した件について……」
書類に向かってペンを走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます