「俺が戦う」。

 我ながら勇ましく言ったものだと羞恥の感情を自覚しつつ、


「それで、」


 もねに訊いた。


「……どうやって戦うんだ?」

「バカなんですか?」


 三度目の罵倒は甘んじて受け入れることにした。


「ま、まだまだ勝負はこれからよ」


 すぐそこに敵がいるんだから、説明を読む暇なんてないだろ! ……という考えから、真っ先に「承諾」をタッチした翔真。さりとて、まず戦い方が分からない。説明を読んでいないのだから当たり前だ。

 どうやらこの戦いにチュートリアルはないらしい。

 それだけは分かった。


「……プレイヤーにはそれぞれ、スキルがあります。一般的なゲームに出てくるような力です。その、それを、」


 もねがしゃがんだまま、翔真を押し退けるようにしながら広葉樹から顔を出し、向こう側を伺う。

 すぐにレーザーの発射音。重低音の方ではなく、最初に聞こえた軽いものだ。ちゅんちゅんちゅん、と連続し小さな光の玉が飛び、背後のフェンスへと着弾。眼鏡の少女は頭を引っ込める。

 まだ敵の少年は待ちの姿勢だ。どちらかが飛び出した瞬間に狙い撃ちにしようという算段なようだ。


(流石に安土が戦えない状態であることは分かってそうだな。そうじゃなくとも、安土は最初、アイツから逃げてきていた。安土は腕を怪我する前から、真っ向から戦ったら勝てないと思っていたんだ。正面切って戦えるスキルじゃないのか……?)


 状況を分析し、情報を整理し、推測を行う。


(さっきの機械音声がアイツにも聞こえたなら、俺が『ゲーム』と呼ばれる何かに参加したことも分かっただろう)


 敵の視点で考えよう。


 相手は二人。

 少女――プレイヤー⑧の方は自分と正面から戦いたくないと思っている。だから、逃げた。今も樹の後ろに隠れて、出てこない。

 もう一人、少年の方の様子は不自然だった。「少女の方が自分をおびき寄せ、少年と二人で倒す」という計画かと危惧したが、プレイヤー参加のアナウンスが流れたことで納得した。少年の方は『ゲーム』に参加していなかったのだ。

 つまり、二人は初対面の可能性が高い。


 樹の裏で二人は話していた。協力関係を結んだらしい。

 ……何故? 共闘する選択肢を選ぶこと自体は分かるが、何故、たった今、『ゲーム』に参加した相手と協力することに決めた?

 そこまでして、プレイヤー⑧は自分と戦いたくないのか?


 ……もしかして、戦えない?


(そこまで読まれていたら厄介だ)


 思考を回転させながら敵を意識しつつ、更にメニュー画面を開いて、説明を読み飛ばしていく。

 言うまでもなく、転校生の言葉にも耳を傾けながらだ。


「能力――スキルを使って戦って、相手にダメージを与えて、倒すんです。HPを0にすれば相手は気絶します。殴る蹴るでもHPは減らせますが……」

「痛くないのか?」

「スキルの攻撃は当たっても大した痛みはありません。強い衝撃が来るだけです。物理的な破壊力はないんです」


 そう語るもねの頭上には、「プレイヤー⑧」という文字列が浮かんでいた。その下には緑のゲージがある。HPゲージだ。ゲームに参加し、自身もプレイヤーとなったことで、他のプレイヤーの情報が見えるようになったらしい。

 少女の数値は72。

 多いのか、少ないのか。


「スキルで戦うのは分かった……! それは分かったんだが、肝心の使い方が分からない!」


 小声で問いながら、視界の左側を占有するメニューを指先で閉じる。有益な内容も多いのだろうが、実際に戦う上では邪魔でしかない。

 足音が近くなっている。

 距離を詰められている。


 もねの「プレイヤーにはそれぞれ、スキルがあります」という言い回しから察するに、どのような能力を与えられたのかは人によって異なるのだろう。だから、それは出たとこ勝負だ。

 それ以前の問題として、スキルを発動する方法が分からない。


 右手首を抑えながら、もねは悩みつつ言う。


「私は自然と使えるようになったので、具体的にはアドバイスできません。ですが、きっと願いが……」

「願い?」

「はい。超能力は心の力です。想いによって世界に干渉する……。だから、強い願いがあれば……!」


 ざり、と靴と地面が擦れる音が耳に届く。

 音源は明らかに先程よりも近い。


(……なら……!)


 安土は戦える状態じゃない。自分もそうだ。スキルが発動できるようになるまで相手が待ってくれるとは思えない。このままだと蜂の巣にされる。

 相手は恐らく、自分が有利だと思っている。だから距離を詰めている。

 飛び出した瞬間に撃つつもりだろう。ずっと隠れているつもりなら、弾が当たる位置へと回り込もう。逃げれば追いながら乱射する。

 そう考えているはずだ、と翔真は推測する。


 もう一つ、推測できたことがある。


「―――ッ!!」


 だから翔真は覚悟を決めて、隣の樹へと飛び移った。


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