地面を転がるようにして移動した。

 相手は虚を突かれたらしく、慌てたように小さな光弾を乱射してくる。

 走って移動していたなら胴体を貫いていただろう位置をレーザーが飛び、フェンスに当たって弾ける。


 やはり、そうだ。


 翔真の中で、ある推測が確信になる。


 これまでの攻防で分かったことがある。

 敵の少年――プレイヤー⑪は、連射できる小さな光の弾と、連続しては撃てない大きな光球の二つの攻撃方法を持っている。そういうスキルなのだろう。

 そして、


「くそっ!」


 吐き捨てながら、プレイヤー⑪が地面を蹴る。これまでのようにじわじわと移動するのではなく、一気に位置を変えようとする。

 プレイヤー⑪視点になれば当然か。

 今までは、前方の樹の陰に二人の敵がいる、という状態だった。それが敵の少年が隣の樹木へ移動したことで、敵が二手に分かれた。二つの方向を気にしなければならなくなったのだ。これは面白くない。

 挟み撃ちされることを防ぐためには二人の敵が一方向に重なるようにポジションを変える必要がある。

 故に走り出した。


 それを翔真は読んでいた。


「―――ッ!!」


 プレイヤー⑪が駆け出した瞬間に広葉樹から飛び出す。

 敵が気付く。

 足を止める。

 銃口が、こちらを向く。

 レーザー砲となった左腕が。


 向けられたのは左腕。前腕部が筒状の機械に変容していた。

 青い筒の先は穴が開いている。

 プレイヤー⑪の左腕は砲身であり銃口なのだ。


 これまでも見えてはいたが、今、確かに認識した。断定する。

 その装備を翔真は知っている。


(……やっぱりだ。安土はスキルのことを「ゲームに出てくるような力」と言っていた。あれは『チャージブラスター』だ)


 ―――『メガヒーロー』というゲームシリーズがある。

 2D横スクロールアクションゲームの傑作だ。プレイヤーは人型ロボット、『メガヒーロー』を操り、様々なギミックが仕掛けられたステージをジャンプやスライディングを駆使して攻略していく。最奥にいる悪のロボットを見事撃破すればステージクリア。オーソドックスな横スクロールアクションだ。

 初代が発売されたのは1980年代。作品数は多い。本編シリーズだけでも十作以上。更に、派生シリーズも幾つも存在する。派生作品の一つ、『メガヒーロー・オメガ』だけでも何作品も続いている。移植やメディア展開も豊富だ。よって、レトロゲームながら広い世代に認知されている。

 樵木翔真は親戚の家にあった古いゲーム機で初代『メガヒーロー』や『メガヒーロー2』をプレイしただけだが、初代からして、人気のシリーズとなることが理解できる完成度だった。消える足場は印象深い。


 その『メガヒーロー』の基本装備でありメインウェポンとなるのが『チャージブラスター』である。

 主人公の片腕に装備されている戦闘機能であり、プレイヤーはこの武器で敵を倒しながらステージを進む。弾数は無限だ。シリーズ途中からはチャージショットが導入され、ボタンを押してエネルギー溜めることで強力なショットを撃てるようになった。


 プレイヤー⑪のスキルは『チャージブラスター』とほぼ同じだった。

 連射できる通常弾と、チャージが必要だが威力の高いチャージショットを撃ち分けられる。

 相当に使い勝手の良い能力と言えただろう。

 通常弾は威力こそ低いが、弾数に限りがない。『メガヒーロー』プレイ時よろしく、「敵に当たったらいいな」ととりあえず撃ちながら移動してもいい。

 チャージショットの方もゲームでの使い方と同じだ。

 こちらは狙い撃つ。敵を発見したらすぐチャージ。隙を見つけて、撃ち抜く。

 通常弾での牽制も欠かさすに。


「くッ!」


 走っていた翔真はプレイヤー⑪に銃口を向けられた瞬間、地面を転がる。

 樹から樹へ移った時と同じように、宛ら柔道における前回り受け身のような形で距離を潰す。敵に近付く。身体の上を光弾が飛んだ。

 大丈夫だ。

 絶対に当たらないと分かっている。


 ……これは『メガヒーローシリーズ』に限らないのだが、「2D横スクロールアクションゲーム」というジャンルのプレイヤーキャラクターは、多くの場合、同じ欠点を抱えている。

 否、欠点、というよりは、仕様、だろうか。


 


 多くの横スクロールのゲームでは、遠距離武器も近接武器も、キャラクターの腕の高さに攻撃判定がある。足元の敵を撃破しようと思えば、しゃがんで攻撃するか、別の攻撃方法に変えなければならない。

 頭上の敵も同じくであって、ジャンプしながら攻撃するか、相手が降りてくるまで待つしかない。

 昔の横スクロールアクションが難しい理由の一端である。


 翔真はこれまで得られた情報を元に「銃口のある左腕の可動に制限がある」「低い位置への攻撃が難しい」「恐らくは高い位置への攻撃もできない」と推測した。

 敵が咄嗟に撃った際、必ずその弾道は一定の高さになる、と。

 推測し、攻略のパターンを組んだ。


 そう、ずっと不自然だった。


 最初の攻撃は、校舎の角を曲がり逃げたもねを狙ったものだった。

 安土に庇われていなければ、レーザーは自分の腹部に当たっていただろう、と翔真は思った。

 これは分かる。


 次の攻撃。

 翔真ともねは倒れていた。

 弾は外れて、樹に当たって弾けた。


 奇妙なのだ。

 敵が地面に倒れていて、その敵に向けて弾を撃ったならば、放たれた弾は地面に当たるはずだ。

 どうして広葉樹に当たる?

 「樹の裏に隠れようとした二人を狙ってレーザーを放った」?

 そうかもしれない。


 三度目の攻撃。

 立っていた翔真を狙ったショットは翔真の上半身の高さを飛んでいった。

 これもいい。


 四度目。

 ここも変だ。

 遮蔽にしていた樹から顔を出したもねに対しての攻撃が、背後のフェンスに着弾した。

 おかしくはないだろうか。

 もねはしゃがんだ状態で顔を出した。そのもねを狙って撃ったならば、弾丸の軌道は斜め下に向かうようになる。フェンスではなく地面に当たりそうなものだ。


 そして、五度目。

 飛び移った翔真を撃ち抜かんとした光の弾は、胴体を貫くような位置で飛んで、やはりフェンスに当たった。


 翔真は「低い位置への攻撃が難しい」と推測し、その前提で作戦を考えた。

 その推測は当たっていた。


「なっ、んで……っ!」


 プレイヤー⑪である小柄な少年が驚愕の色を見せる。敵であるプレイヤー㉔――翔真は一メートル先の地面を転がった。すぐ近く、ほとんど真下だ。狙おうとしているのに、銃口が思い通りに動いてくれない。

 彼は自らのスキルの仕様に気付いていなかった。

 慣れていないから狙ったところに当たらないだけ、と考えていたのだ。


 翔真が敵に肉薄する。

 立ち上がりながら、機械の砲身となったプレイヤー⑪の左腕を、右腕で斜め上方へ払い除ける。

 空手の捌き、揚げ受け。


 終わらせる―――!


(……そうか……!)


 ―――その刹那、樵木翔真は“何か”を理解した。


 翔真はプレイヤー⑪を突き飛ばし、もねと共に逃げるつもりだった。スキルが使えなければまともに戦うことはできないと判断した。だから、相手を転ばせ、怯ませることでこの場を切り抜けようとした。

 だが分かったのだ、もねが言っていた言葉の意味が。

 スキルの発動方法。

 「強い願いがあれば」と彼女は言っていた。その通りだった。


 この感覚、この身体図式を翔真は説明できない。それがそうである、ということを今の翔真は潜在的に知っていた。手ではない。足でもない。胴体でも頭でもない。何処にもないのかもしれない。

 でも、持っている。

 その“何か”は自分の中に在る。

 それが分かる。

 能力が「心の力」だとするならば、それが在るのは、心の中なのかもしれない。


 右手をプレイヤー⑪へと伸ばす。

 手は自ずと動いた。

 人差し指と中指を伸ばし――銃の形を作った。



「―――いっ、けぇぇぇぇええっ!!」



 叫ぶ。

 理想と幻想が現実を変革する。

 想いと願いが形を成し、能力となる。


 翔真のそれは――光の束だった。


 指先から放たれた大きな光線はプレイヤー⑪の上体を撃ち抜いた。

 視界が焼け付くような光量で、敵のHPを一気に0にする。

 一秒ばかりが経って、光が収まる。

 プレイヤー⑪はゆっくりと膝を下り、倒れた。


「……悪いな、勝負はこれまでだ」


 言って、翔真は大きく息を吐いた。


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