入ってすぐ右手がカウンター、左手前が休憩スペースと自販機。右手側の奥にはレースゲームと音ゲーがあり、店の中央には格闘ゲームの筐体が並んでいる。翔真の目当てである弾幕STGは格ゲーコーナーの向こうにある。

 ゲームセンター『スターライト』のレイアウトはこうだ。


 なので、翔真は格ゲーコーナーに誰かいないかを確認しつつ、シューティングゲームの筐体に向かおうとした。

 不意に襲ってきた立ち眩みを振り払うように頭を振って、二歩歩き、


 その時、自分が外にいると気が付いた。


「……え?」


 意味が分からなかった。

 辺りを見回す。

 下は茶色い地面。上は青い空。横には白い四階建ての建物。

 外だった。しかも、見覚えのない場所だ。


 緑色の格子状のフェンス。その前に並んだ大きな広葉樹。水飲み場に、農機具が収納されているらしい小屋。何より、学校のような白い建築物。校舎裏……、のように思えるが、記憶の中に合致するものがない。

 ゲームセンターの自動ドアを通ったはずなのに、いつの間にか、知らない場所に立っている。意味が分からない。


(さっき、一瞬だけ目の前が暗くなったけど……。それか?)


 そんな記憶はないが、実は店の前で盛大に転んでいて、頭を打ったショックで妙な幻覚を見ている……。


 若しくは、夢か?

 空き教室でカードゲームをしたことも自転車で住宅街を抜けてきたことも全て夢の中の出来事で、今はまだ授業中なのだろうか。


 この光景が幻覚か夢だとしたら、得心できることがある。

 どうも、視界の全てが不確かなのだ。

 というよりも、

 まるで昔のゲーム画面を見ているかのように、全てのオブジェクトが表面に凹凸がある。ああいうギザギザを、ジャギー、と呼ぶのだったか。ドットで造られた世界に入り込んでしまったかのようだが、これが現実ではないのならば納得だ。


 そこまで思考したところで、聴覚にも違和感があると気付く。

 ちゅん、ちゅん、という妙な音が断続的に聞こえていた。

 現実ではまず聞かないタイプの音、されどもゲームならば有り触れている。

 レーザーの発射音だ。


 音源を探るように振り向く。

 すぐ前方、校舎の陰から少女が飛び出し、こちらに走ってきた。


「うわっ!?」

「……えっ?」


 他に誰かがいるとは思わず、驚愕の声を上げる翔真。

 少女の方も前方に注意を向けていなかったらしく、目を点にし、ぶつかる寸前で走る足を止めた。

 数メートルの距離で見つめ合うような形になってから、すぐに少女は一歩、後ろに下がった。警戒しているようだ。


 野暮ったい黒縁眼鏡を掛けた少女だった。髪の長さは肩に届くくらいで、その色はくすんだベージュ色。そして、妙な色気がある。地味な眼鏡は切れ長の目にまるで似合っていないのだが、それがアンバランスな魅力となっていた。

 こんな顔立ちの少女を翔真は一人、知っている。

 今はカーゴパンツにジャケット姿だが、間違いない。


「安土もね……?」


 五限目が終わった後、悪友に半ば無理矢理に連れていかれ、隣のクラスを覗いた。

 その時に見た少女だった。

 目の前にいるのは、あの転校生だ。


 言葉を受けてではないだろうが、転校生――安土もねは困惑を口にした。


「……HPバーが……! プレイヤーじゃない……!? あなた、まさか『ゲーム』の参加者じゃないんですか!?」

「……何の話?」


 何を言っているのか、理解ができなかった。

 HPバー?

 プレイヤー?

 ……『ゲーム』?


(やっぱり夢だな、これは。支離滅裂な展開も夢なら珍しくない)


 今度は納得ではなく確信し、安堵する。

 夢ならその内に終わるだろう。

 じゃ、夢の中の転校生の言葉に耳を傾けてみることにするか、明晰夢なんて初めての体験だしと、翔真はもう一度、「何の話なんだ?」と問い掛けようとした。


「―――見つけたぁぁあっ!!」


 そんな声がもねの背後、彼女が飛び出してきた辺りから聞こえた。

 時を同じくして、レーザーの発射音が耳に届く。先程まで鳴っていた音と同質だが、今度のものは重低音で、違うタイプの光線だと聞くだけで分かった。


 声と音を知覚した時、翔真は既に地面に倒れつつあった。

 痛みと衝撃の理由はもねだった。彼女から思い切り体当たりをされて、押し倒されたのだ。尻餅をつく。再び、今度は下半身に痛みと衝撃が広がる。

 「いきなり何するんだよ!」と――翔真は言わなかった。

 口にする前に、彼女がどうしてそんな行動をしたのか、分かったからだった。


 


 バレーボールくらいの大きさの光弾は黄色く光り輝き、火花を生じさせながら、翔真が立っていた位置を通過した。あのままなら腹部に直撃していただろう。

 誰でも分かる。あのレーザーから自分を庇ってくれたのだ。

 断続的に響いていた謎の音も、もねが飛び出してきた理由も分かった。

 もねはレーザーを放つ敵に狙われており、攻撃から逃れるために走っていたのだ。


「っ……、二発目ッ!!」


 隣に転がった少女は顔を歪ませながら言い、右手で翔真の服を掴み、引っ張ろうとする。

 が、その力は余りにも弱く、すぐに手は離れてしまった。

 されど、行動の意図を読み取ることはできた。


 今度は翔真の番だった。もねの前腕部を掴み、引き寄せながら、共に木の陰へと移動。肩から落ちた鞄を拾う間はなかった。

 身を寄せ合うようにして全身を隠す。発射音。光弾が空を裂いて、樹木にぶつかって弾ける。「寄らば大樹の陰」という言葉を思い出した。こういうシチュエーションで使うことわざではなかったはずだが、何にせよ助かった。


 違う。

 まだ助かってはいない。


「一対二かよ……」


 レーザーの発射元から呟きが聞こえた。若い声だった。

 一瞬だけ姿が見えたが、翔真と同じくらいの少年だったように思える。


 それよりも、だ。


「……安土!」

「私のことを知ってるんですか?」


 眉間に皺を刻みつつ、問いを返してくる転校生。

 翔真は、同じ学校で同じ学年、と答えてから言った。


「これ、どういうことだ?」

「『ザ・ポリビアス』! ……『ゲーム』です!」


 即座にもねは言う。要領を得ない。

 理解が曖昧なのではなく、核心部分だけを言った結果、何も伝わらなくなってしまっていた。

 彼女も説明が悪かったとは分かったようだった。


「ここはゲームの中で! ゲーマー達がバトルロイヤルをしていて! それは『ゲーム』と呼ばれていて! 勝ち残ったら、願いを叶えてもらえます!」


 重要な点を強調するように文章を区切りながら、今度はそう口にした。

 ここまで要点を整理されれば翔真にも状況は理解できた。夢の中だと思っていたが、夢ではなく、ゲームの中であるらしい。

 「『ゲームの中に入ってる』って夢を見てるだけだろ?」と言いそうになる。

 けれども全身に残る痛みの残滓は本物だ。


 夢じゃないのか……?

 否、夢だろうと現実だろうと、この場を切り抜ける必要はある。


 レーザーの音は聞こえない。

 敵――らしき少年は、様子を伺っているらしい。


「一旦、説明してみるよ。俺は無関係だ、って」

「バカなんですか?」


 心外な、平和主義者と呼べ。

 心の中で反論しながら広葉樹の陰から出る。


「聞いてほしいんだけど、」


 レーザーの発射音。

 光の弾が向かってくる。

 上半身に当たりそうになるも、寸でのところでその攻撃を躱し、そのまま元の位置へ戻る。


「撃たれた」

「バカなんですか?」


 再び冷たい言葉を浴びせられる。

 推測の内だよ、と言い返しそうになったが、負け惜しみのように見えそうだったので、やめておいた。


 事実として推測の内ではあったのだ。「相手はこちらの話を聞かず、攻撃を仕掛けてくるかもしれない」。考慮していた可能性の一つ。だから、咄嗟に回避行動を取ることができた。

 他にも考えはあった。ただの推測ではなく、作戦が。

 気は進まないが仕方がない。


「……これって、まさか殺し合いじゃないよな」

「え? ええ、気絶するだけです」


 なら、安心した。

 これが現実で、今起こっていることが戦いで、でも、気絶するだけならば。


「戦って、アイツを止める」


 翔真の成績は悪い。

 けれど、愚か者ではない。

 だから、分かる。

 


 話を聞いた限り、もねは『ゲーム』の参加者だ。あの少年も参加者だろう。本来はもねと少年が戦うべきで、翔真は邪魔者だ。

 これがゲームであり、彼女達がプレイヤーならば、プレイヤー同士で決着を付けるべきだ。

 ゲームならばそれが当然であり、必然のルールだ。

 どんなゲームでもそうだろう。


 ただ。

 


 もねは翔真を突き飛ばすようにして庇った。その直後、翔真を引っ張ろうとするも、すぐにその手を離した。それからは度々、顔を歪めている。

 彼女は最初に翔真を押し倒した際に右腕を怪我したのだ。

 手首を捻挫したか、下手をすれば、骨が折れているかもしれない。「それも勝負の中の出来事だ」と言う者もいようが、プレイヤーではない自分がいたために起こったことだ、責任は自分に在る。

 そう翔真は考える。


「俺が戦う。お前の代わりに」


 だから、はっきりと言った。

 ゲーマーとしての矜持と己の美学に従って。


「…………」


 ……その様は、安土もねにどう映ったのだろうか。

 少女はまた、非常に簡潔に説明を行った。


「……視界の左上をスワイプして、メニュー画面を開いて、説明と規約を読む。この世界に入ってすぐに案内が出るはずですが、まだ読んでないのなら、そうやってメニューを開いてください」


 聞きながら、右手で空を払うようにする。ずらり、と視界に見出しが並ぶ。「『ザ・ポリビアス』とは」「ゲームの流れについて」「ゲーム内の戦闘について」「ゲームのスキルについて」……。タッチすれば詳細な説明が表示されるのだろう。

 読んでられるか。

 元々、ゲームの利用規約は読まないタイプなのだ。

 故に翔真は並んだ文字列の一番下、「ゲーム参加」を押下。教科書数ページ分以上ありそうな注意事項が出てくる。画面をスライド。読まない。「承諾」を迷いなく押した。


『―――ようこそ、プレイヤー㉔』


 ブザーが鳴り、機械音声が響いた。

 樵木翔真が「プレイヤー㉔」となり、『ゲーム』に参加した瞬間だった。


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