ゲームセンター『スターライト』は、愛知県名古屋市中村区にある。

 翔真の自宅があるのも、通う高校があるのも、この中村区だ。

 だから、『スターライト』は地元のゲームセンターということになる。

 所謂、「ホームゲーセン」だ。


 中村区と言えば、ターミナル駅たる名古屋駅が存在する中京圏の心臓部だが、主に発展しているのは「名駅めいえき」という名古屋駅東側の地域で、駅の西側は住宅やマンションが立ち並ぶ典型的な郊外だ。東山線に乗れば、すぐに名駅、そして、さかえに辿り着くアクセスの良い街であるものの、そういった巨大繁華街が近隣にある所為か、西側には大きな商業施設もない。スーパーや飲食店があるばかりで、若者が遊べるようなスポットはほとんどなかった。

 住宅街らしく公園があちらこちらに存在するが、幼稚園児や小学生ならまだしも、中学生、高校生が集う場所ではないだろう。パチンコ店こそ数件あるけれど、こちらは逆に、学生、正確には十八歳未満は立ち入ることができない。


(……この辺り、何もないからなー……)


 翔真等が「この辺り」と言う際、それは名古屋駅西側を指している。

 名古屋駅周りや大須おおす商店街まで行けば人の多いゲームセンターもあるのだが、それはそれだ。

 遊ぶ場所なんて多いに越したことはないし、近ければ近いだけ良い。

 今日のように遅い時間からでも気軽に行けるからだ。


 もし、場所を説明してくれ、と頼まれたなら、翔真は「東山線に乗って、中村公園で降りて、あとは地図アプリで調べてくれ」と細かな案内を投げ出す。地元の人間しか知らない小さな店なので、そんな機会が訪れることはないだろうが。

 学校の友達から場所を教えてほしいと言われた時は、一緒に店に向かうことで解決した。

 高校からは自転車で五分。

 口頭で説明するより、連れて行った方が早い。


 だから、六時近くに校門を出た今日も、六時には現地に到着していた。

 正確には午後五時五十九分には。


 着いた時間が午後六時だろうと午後五時五十九分だろうと、若しくは午後六時一分だろうと、多くの人間にとってはどうでも良いことだっただろう。

 翔真とて同じだ。大体六時には着くだろうと思っていたし、その通りになった。


 当たり前だ。

 まさか一分の差で自分の運命が変わろうなんて、分かるはずもない。


「よ、っと」


 自転車から飛び降りつつ、その勢いを殺す。

 店の前には通学用のママチャリが何台か停まっていた。

 一軒家やマンション、団地が建ち並ぶ中にぽつんとある小さな公園。

 そのすぐ傍らにある二階建ての小さな店舗。

 それが『スターライト』だ。


 1990年代でもあるまいし、ゲーセン通いをする高校生なんて少数派も少数派だ。

 パソコンでも、スマートフォンでも、家庭用ゲーム機でも。どんなプラットフォームでも全世界と繋がれるようになった現代では、わざわざゲームセンターに行く必要はないのかもしれない。

 それでも、翔真はゲームセンターが好きだった。

 小学生の頃、年の離れた従兄弟に連れられて足を踏み入れた時から、ずっと。


 並ぶママチャリの隣に愛車を停めて、誰が来てるかなと期待に胸を膨らませた時、


「ん?」


 地面で何かが光った。


 目を凝らす。

 隣の自転車の後輪の脇にネックレスが落ちていた。

 細いチェーンの先に親指大の細長い水晶が付いており、澄んだ空のように綺麗な青色をしている。

 拾い上げて、矯めつ眇めつ。

 アクセサリー類に興味はないが、何故か気になった。

 ただ綺麗なだけではなく、微かに光っているように見えたからかもしれない。


(店に来た奴の落とし物かな。店長に渡しとくか)


 手にしたそれをポケットに突っ込むと、自転車のカゴから学生鞄を取って、店内へと向かう。


 午後六時、ちょうど。

 もう十秒ほどで午後六時一分になるタイミングだった。


 自動ドアが左右に開く。

 店内の喧騒が一気に流れ出す。

 翔真は足を踏み入れる。


 瞬間――視界が暗転した。


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