プレイヤー⑤――新道しんどうきょうは敵対するプレイヤー㉔に向かって走る。

 それに対して、プレイヤー㉔――樵木翔真は、その場を動かない。


 その行動を様子見だと判断した享は開幕の一撃を叩き込みに行く。

 深くは、考えない。考えなし、だっただろう。しかし、彼のスキルは策を弄して立ち回る類のモノではない。立ち回る、と言うならば、それこそ、立ち回りが全ての能力だった。

 『公式戦オフィシャルマッチ』でも、『非公式戦アンオフィシャルマッチ』でも、新道享のやることは変わらない。

 「近付いて、叩き切る」。

 それだけである。


 この『ゲーム』の戦闘の基本はHPの削り合いだ。

 プレイヤーは全員、100のHPを持つ。それが0になれば意識を失う。

 それが『ゲーム』の根幹を成すルールだ。


 各プレイヤーは与えられたスキル、あるいは、拳や蹴りで相手のHPを減らしていくのだが、新道享の能力である『ハンティングブレード』は一撃で30以上のダメージを叩き出す。

 パンチならば5~10ダメージ、キックならば10~15ダメージ。

 そんな『ゲーム』の中で、通常攻撃の威力が30ダメージ以上。

 攻撃を三回当てればほぼ勝ちなのだ。

 こちらのHPがなくなる前に、三回叩き切ればいい。

 立ち回りが全てである。


 公式戦一回、非公式戦を三回。

 どの戦いにおいても、大剣を振り回していただけだった。

 その上で、無敗。


「―――死ねっ!!」


 右手で柄を掴み、振り下ろす。

 如何なる理屈なのか、背中に装着されていた大剣は簡単に外れ、また、外れた瞬間に凄まじい重量を感じる。その重さのままに地面を叩けばいい。単純な攻撃方法だ。

 翔真は右斜め後ろに身を躱す。バックステップ。中々軽快な動きだ。

 それを見て、享は即座に大剣を持ち上げる。

 次の瞬間にはその巨大な剣は背中に戻っていた。まるで動作がショートカットされたかのように。


 大剣を背に戻すと、先程まで感じていた重量が消え去る。

 敵は間合いを計っているようで、享を中心として円を描くように、ゆっくりと右側へと移動する。「サークリング、ってやつか?」。ボクシング漫画で得た知識を想起しながら、今度は突撃せず、右手を柄に伸ばしたまま、隙を伺う。


 一方、樵木翔真は一つの結論に到達していた。


「攻撃、してこないのか?」


 享の言葉には、好きな文句を返す。「まだまだ勝負はこれからよ」。


(……この動き……。『狩りゲー』だな)


 ―――『ハンティング・ワールド』。

 所謂、「狩りゲー」「ハンティングアクション」と呼ばれるジャンルのゲームで、その始祖に当たるタイトルだ。

 プレイヤーはハンターとなり、巨大なモンスターと戦う。様々な種類の装備、武器の変更で変わるアクションや戦闘スタイルが特徴的で、最大四人までの協力プレイが可能。2000年代を代表するゲームタイトルの一つであり、2000年代に一作品目が発売されてから現在に至るまで、シリーズ作品は様々なプラットフォームでリリースされている。


 この手のゲームの中で、「大剣」は最もメジャーな武器のだろう。

 呼称はゲームタイトルによって様々である。例えば、「バスターブレード」と呼ばれるゲームもある。概ね、この手の巨大剣は、見た目の大きさに相応しい威力とリーチを誇る。ボタンを押し続けることによって力を溜め、更に強大な一撃をお見舞いすることもできる。

 ただし動きが鈍重で攻撃の隙が大きい、という部分も、多くのゲームタイトルに共通する点だ。


 この「大剣」を使う際の立ち回りとして、単純かつ強力なのが、「納刀状態でモンスターに近付き攻撃、即座に納刀して離脱」というものだ。「大剣」は構えている状態だと動きが遅くなってしまうが、納刀すると、そのデメリットがなくなるのだ。

 納刀状態からの抜刀しての攻撃――抜刀攻撃は非常に使いやすいため、ある程度の難易度までは納刀と抜刀攻撃を繰り返すだけでクリアできるだろう。


 プレイヤー⑤は、その戦法をそのまま使っている。

 それが翔真の推測だった。


(納刀状態と抜刀状態で明らかに動きの速度が違う。ゲームと同じように、剣が背中にある内は重量を無視できるんだ。そういう特性のスキルか)


 続けて、こうも思考する。「ゲームと同じように高い威力を誇っているなら、一撃で30ダメージは受けると考えていい。下手すると40ってこともある」。

 見立ては的中している。

 ならば、と覚悟を決めて、翔真は足を止める。


 それを間隙と見たか。


「もいっちょ――死ねぇっ!!」


 享が大きく踏み出す。

 右手で抜刀、その重さに振り回されるままに、翔真へと大剣を叩き付ける。


 ……この時点で、新道享は大きな間違いを犯している。


 彼のスキルである『ハンティングブレード』は、与えるダメージだけで言えば、確かに『ゲーム』内でも上位だ。HPが100のゲームにおいて、ただの通常攻撃で30も減らす。今は使っていないが、溜め攻撃ならば45ダメージを叩き出す。


 だから、思ってしまう――「攻撃を三回当てれば勝ちだ」と。

 動作が鈍重であることは理解している。

 だが、相手のスキルが10のダメージを与えるものならば、相手の攻撃を十回受ける前に、たった三回、こちらの攻撃を当てれば勝ちなのだ。

 実際、これまでの戦いはそうして勝ち残った。


 一発くらいなら貰ってもいい……。

 攻撃方法が分かれば、圧倒的にこっちが有利だ!

 そう考えている。


 大きな間違いだった。


 新道享のスキル『ハンティングブレード』は強力だ。

 一撃の最大ダメージは45。

 この『ゲーム』におけるスキルの中で二位である。


 そう、二位である。


「ッ!!」


 振り下ろされた大剣を翔真は避ける。今度は斜め前に踏み込むようにして。


 翔真の右手はある形を作っていた。

 人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指は折って、親指を立てる。

 二本の指で銃身を作り、二本の指は銃把じゅうはとし、残る一本をリアサイトとする。


(……シンプルだけど、強い能力だよ。強い能力なんだが、)


 悪いな――勝負は、これまでだ。



「―――『シューティングスター・シュート』ッ!!」



 刹那、橋上で光が弾けた。


 翔真の指先から白色のビームが放たれた。

 胴体の太さほどもあろうかという光線は目を焼くような光を放ちながら新道享の上半身を貫く。観戦している人間の中には、橋梁をそのまま切り裂いてしまうのではないか、と思う者すらいた。それほどまでに凄まじい光の束だった。


 一秒が経った頃、光はようやく収まった。

 ワンテンポ遅れて、享が崩れ落ちる。HPを示すゲージは0になっていた。


 樵木翔真のスキル、『シューティングスター・シュート』の最大ダメージは100。

 直撃すれば、相手のHPを全て削り切る文字通りの一撃必殺。

 『ゲーム』内のスキルの中で一度に与えられるダメージ量としては最大であり、最高――一位である。


「……ふう」


 倒れ伏した新道享に視線を遣る。ズボンのポケットが微かに光っていた。

 翔真はしゃがんで、青白く光るそれを取り出す。画面が割れたスマートフォンにストラップとして付いていたのは、親指大の水晶だった。数は二つ。

 ……悪いな。

 もう一度、今度は声に出して呟いてから、それを取り外した。


『プレイヤー⑤、戦闘不能。脱落。ランク2、オフィシャルマッチ、終了』


 アナウンスに伴い、周囲を囲っていた半透明な赤い壁が消え去る。

 脱落した新道享の身体は、その四肢から徐々に光の粒となり、薄れていく。


 プレイヤーはそれぞれ、『青の夢』という水晶を持つ。『青の夢』には番号が振られており、プレイヤーはそれを手に入れることで『ゲーム』の参加資格を得るが、自分の番号の『青の夢』を奪われた場合、敗退となる。

 相手の『青の夢』を奪うために、相手のHPを0にし、倒す。『ゲーム』の基本構造であり、戦いの流れだ。


 プレイヤー⑤から手に入れた『青の夢』は二つ。

 既に持っていた分をプラスし、翔真達の合計は九つ。


「必要な『青の夢』は、あと三つ」


 折り返しは過ぎている。

 もう終盤か、それとも、まだ先は長いか。


 駆け寄ってくるギプスの少女に手を振りながら、樵木翔真はこの戦いに参加することを決めた日のことを思い出していた―――。


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