②
今日のオフィシャルマッチの舞台は橋の上だった。
一車線の幅が広い道路橋だ。
センターラインははみ出し禁止を意味する白の実戦。片側にはガードレール、反対側には横断防止柵が設けられており、その向こうには歩道がある。橋梁の下には川が流れていた。どうやら別の街へと通じる県道のようだ。
否、自分が立っているこの道が県道なのかどうか、翔真は知らない。もしかしたら国道なのかもしれない。二つ意味で、どちらでも構わなかった。
一つは、今から行われる戦いには関係がないという意味で。
もう一つは、ここが現実世界でない以上、考えるだけ無駄という意味で。
一見した限りでは、ただの道路橋だ。
けれども、何処でも、どの箇所でもいいので、少しばかり注意して見てみれば分かるはずだ。世界を構成する全てのモノが小さな立方体で構成されていることが。どの物体の表面も階段状にギザギザとしていることが。
そう、まるでドット絵のように。
かつて、多くのゲームの中がそうであったように。
この『ステージ』は、そういう世界だ。
午後六時過ぎ。
時間的には夕方だが、六月も半ばだ、日が沈み始める気配はない。
あの太陽も傍に寄って見れば、ドットで構成されているのだろうか。
翔真は視線を前に戻す。
道路上には自動車が一台、停車している。白の軽自動車だ。遮蔽物として使えそうだった。車内に人はいない。この空間の異常性を踏まえれば、停車、ではなく、停止が正確かもしれなかった。
向こう側からは少年が歩いてきている。
車道の真ん中を堂々と、だ。
その頭上には「プレイヤー
HPゲージだ。数値は100。上限だ。
視界の右上に表示された自身のゲージを見る。こちらも100、上限だった。
歩むスピードを落とすことなく、茶髪の少年は道路に直角に交差するように引かれた線を踏み越える。
赤く光るそのラインは、指定された空間を公式戦の舞台として区切る境界線だ。
(つまり、今日の相手はアイツか)
茶髪の少年に続くように、翔真もラインを踏み越える。
戦場となる場所に足を踏み入れる。
「油断しないでくださいね」
背後から聞こえる激励の声には、後ろ手で右手を振ること返答とした。
長身の少女は既に身を隠しているものの、自分を応援してくれていることだろう。
振り返って、「ありがとな」と応じたいところだったが、そんな危険な真似はできない。
敵はもう、歩いて数秒の場所にいるのだ。
両者の距離は、二十メートル強。
奇襲を仕掛けるには遠い間合いだろう。
しかし、それは常識的な発想だ。相手の持つスキルによっては、今、この瞬間にも攻撃が可能かもしれない。
オフィシャルマッチが始まる前、戦うための心構えをしている時に先制攻撃を仕掛ける。有効な戦術だろう。
(……まあ、そういう相手じゃ、なさそうだけどな)
少年は制服姿だ。学ラン。翔真の高校はブレザーなので、恐らくは違う高校の人間だろう。とりあえず、顔見知りではない。
髪は短く、茶色い。自分でブリーチを使ったのか、綺麗な仕上がりではない。好戦的な性格であるようで、その顔には自信が満ちていた。
そして、何より目立つのが、その背に背負った巨大な片刃の剣。
少年は決して小柄ではない。だが、刀身だけでも彼の上背は超えそうだ。全長は二メートル程度か。また、その刃の横幅は少年の胴体よりも大きかった。分類上は「ツーハンデッドソード」になるだろうが、現実では運用できるはずがないサイズだ。
しかし、現実では有り得ない装備だが、ゲームではよく見る形状でもあった。
多くのゲーム作品において、「大剣」と呼ばれる類の武器だ。RPGでもアクションゲームでも、あるいは格闘ゲームでも、ファンタジーな世界観の作品ならば、ああいった刀剣は珍しくない。
あの装備で遠距離攻撃のスキルということはないだろう。
それが翔真の読み。
ただの推測だ。観察は怠らない。
「テンション上がるよな」
大剣を背負った少年は立ち止まり、そう声を掛けてくる。
オフィシャルマッチの開始まで、あと数十秒。
翔真は視線を逸らすことなく、何がだ? と問い返した。
「ここだよ、ここ。ゲームの世界、って感じがして、テンション上がらないか?」
「…………」
「こうやって車道のど真ん中を歩くのも、現実じゃ難しいしなー」
緊張感が身体を包んでいる。
その中には、僅かながら間違いなく、高揚感が在る。
空手の試合前みたいだ、と小学生の頃の習い事を思い出す。
いつも、そう思う。
されど、翔真は少年の言葉に同意することはない。
ただ問い掛けた。
「お前はなんで、この戦いに参加してるんだ?」
質問を投げ掛けられた少年は一瞬間、ぽかんとした顔をしたが、すぐにその口元は弧を描いた。
「金が欲しいからだよ。そっちは? もし勝ち残ったら、どんな願いを叶えてもらうんだ?」
その言葉に対する答えもまた、何度も口にしてきたものだった。「……俺には願いなんてないよ」。
「ただ……。この戦いを終わらせたいだけだよ」
「へえ! 正義の味方、ってヤツ!? 物好きなんだな!」
「戦いをやめる気はないか?」
「一切ないね。ごめんな、正義の味方」
そう少年が笑った時だった。
ビー、というブザー音が周囲に鳴り響いた。
『ランク2、オフィシャルマッチ。プレイヤー⑤、認識。プレイヤー
何処からともなく、そんな機械音声が聞こえる。
『―――これより、オフィシャルマッチを開始します』
道路上の光るラインからホログラムの壁が出現する。同じものが右の柵、高欄からも発生した。四方を光の壁に囲まれる。オフィシャルマッチが始まったのだ。もう逃げることは叶わない。援軍を呼ぶことも。
勝敗が決するまで、決して出ることはできない。
元より、出るつもりもない。
「よーしっ! 全員狩って、一儲けしちゃうぞ!」
言うが早いか、少年は背に負った大剣に手を伸ばしながら、その身を疾駆させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます