①
住宅地の中にある小さな公園。
その入り口に設置されたバリカーに、
斜め前方に目を向け、その後、ジーンズからスマートフォンを取り出す。画面を点灯させる。
時間は午後五時五十分を過ぎたところだった。
(そろそろ、か)
翔真は落ち着こうと、少しだけ大きく息を吸って、吐いた。
何処にでもいそうな少年だった。よくよく見れば、それなりに整った顔立ちをしているのだが、髪には寝癖があり、シャツやジーンズには皺がある。「格好良さ」とは無縁らしい。左目を隠すように前髪を垂らしているが、それもアシンメトリーのお洒落ではないだろう。
「ちょっとイケてない奴」――それがクラスの女子の中での翔真の評価だった。
尤も、そういった評判を彼自身はどうでもいいと思っていたし、そう思っているからこそ、お洒落に気を遣おう、というような考えには至らないのだが。
「しょ、お、まっ!」
少年の耳朶に名前を呼ぶ声が届く。
ほぼ時を同じくして、目の前に自転車が停まった。相当にスピードを出していたようで、不快なブレーキ音が響いた。
軽快な動作で赤いロードバイクから降りた少女は、
「早いねー、翔真」
と、笑顔を向けてくる。
ラフな格好をした、赤みがかった髪の少女だ。170を超える長身で、翔真は「その内、もしかしたら自分の身長を抜かれるかもしれない」という危惧を抱いていた。
現時点でも、スタイルの良い彼女が隣にいると、第三者からは相対的に翔真の体躯が小さく見えていそうだが……。
長い付き合いだ、今更、気にすることでもない。
「お前は今まで何してたんだ? 今日、部活ない日だろ?」
「女の子には女の子の付き合いがあるんだよ」
「なんだそりゃ」
「ミステリアスな方が、ガゼン、可愛かろ?」
言うや否や、翔真に飛び付いてくる。いきなりのことだったので避けられず、そのまま抱き着かれるようにして肩を組まれる。
急になんだ、と抗議の声を上げようとするも、こういった無意味かつ過度なスキンシップはいつものことなので、何を言ったところで無駄だろう。
だから翔真は、とりあえず平静を装っておく。
これもまた、いつものことだ。
「今日、大丈夫?」
「負ける気で勝負する奴なんていないだろ」
「言うねー。そういうところが可愛いんだけどもね」
いいから、早く離れてほしかった。
(他人にこの姿を見られたら、勘違いされるだろうに……)
心配は現実のものとなった。
「……何してるんですか?」
冷ややかな声が二人の耳に届いた。
声がした方向を見る。見知った少女が歩いてきていた。
パンツルックの少女は、野暮ったい黒眼鏡にグレージュのミディアムヘアーという組み合わせだ。どちらも特徴的だが、今、一番目を引くのは右手首を固定しているギプスだっただろう。
見られたのがコイツなら、まあいいか。
翔真はそう考えることにする。
ギプスの少女は呆れた風に言う。
「いつもながら緊張感がないですね。バカなんですか?」
「お褒めの言葉をありがとう。そう言うお前は時間ギリギリだぞ」
翔真の皮肉には、「そこの喫茶店でお茶を飲んでたんですよ」と平坦な声音で返す。
一瞬、三人の間を沈黙が支配する。誰が言い出したわけでもないが、全員が時間を確認した。
翔真はスマートフォンを取り出して、画面を点ける。
長身の少女はその液晶を覗き込む。
ギプスの少女は左腕のシンプルなデザインの腕時計に視線を落とした。
午後五時五十九分。
あと数秒で、午後六時になる。
『ゲーム』が――始まる。
六時まで残り十秒を切ったところで、翔真達は歩き出す。
公園の斜向かいにある建物、つまりは、小さなゲームセンターへと。
翔真は鞄からニット帽を取り出し、目深に被る。
午後六時、ちょうど。
「行くか」
「よし、行こう!」
「……はい」
自動ドアのガラスの向こうには郊外のゲームセンターの日常が見える。ゲーム筐体が並び、学生らしき影がちらほらと見える、見慣れた景色。
だが、翔真達はこのゲームセンターに遊びに来たわけではない。
ドアが両側に開く。
眼前にはガラス越しに見たものと同じ光景が広がっている。
一歩踏み出す。
三人の視界が同時に暗転し。
そして、『ゲーム』が始まった。
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