第8話 家族を害する者には、赤ちゃん魔王の制裁を

ガルグイユは、俺の言葉を代弁するため国王へと向き直った。


『——ルシウス殿下は、こうおっしゃられました。「俺が魔王の生まれ変わりだ。この通り前世の記憶も持っている。……俺の存在によって、そなたらの命をこれまで危険に晒してきたことに関しては、謝罪する」』


国王は、俺を抱き上げたまま息を呑んだ。

視線は、腕の中にいる赤子の俺と、巨大な水竜ガルグイユの間を何度も往復した。

信じられないものを見るような目をしているが、当然だろう。


俺はさらに告げた。


「ばぶ(俺がこの国にいる限り、そなたらは暗殺者に狙われ続けるようだ。それを回避するため、俺を追放しろ)」


まだ首も据わっていない赤子だが、ガルグイユに身の回りの世話をさせればなんとかなるだろう。


「ばぶばぶ(俺が国を離れたら、その事実を周辺国家にすぐ周知しろ。そうすれば、そなたらは安全に——)」

「何を言う!!」


ガルグイユが訳している途中で、国王が叫んだ。

その直後、わずかに顔を顰める。

さきほど負傷した傷が痛むのだろう。


しかし、そんなことには構っていられないという調子で、王は声を上げた。


「我が子を手放すわけがないだろう!?」

「……ばぶ(……そうしなければ、命を狙われ続けるのだぞ)」

「構わん! 来るなら来い、だ!!」


意識を取り戻した王妃や王太子まで、真剣な眼差しでうんうん頷いている。


俺は困惑しながらため息を吐いた。


「ばぶ(残酷なことを言うが、この体はおまえの子供のものでも、中にいるのは、魔王だった俺の魂だ。そんな存在を、自分の子だと思うべきではない)」

「その魂も含めて、そなたは私の子だ!」

「……!」


一瞬、呼吸が止まる。


まさか、そんな返答が来るとは思わなかった。


前世まで含めて拒絶されると覚悟していたのに……。

どうなっている……。


計算が狂うとは、まさにこのことだ。


「ばぶ(わかっているのか? ただの転生者じゃない。俺は《魔王》だぞ。……世界中の人間から忌み嫌われた悪しき存在だ)」

「世界がなんだ!」


国王は胸を張り、堂々と言い切った。


「私にとっては最愛の息子だ!! この父の愛を受けとれッッ!!」


ぎゅむうううう。


窒息はしない程度に、しかし最大限の熱意を込めて抱きしめられる。


……世界がなんだ、だと……?


俺は呆然としながら瞬きを繰り返した。


そんな俺に向かい、王妃が微笑みかけてきた。


「ルシウス、あなたは誤解しているわ。前世がどうであれ、あなたは私たちの家族として生まれてきたの。私たちの愛情を拒むなんて……この母が許しませんよ?」


怒っているような顔をしているが、滲み出る優しさは隠しきれない。


さらに兄である王太子が屈託なく続けた。


「父上や母上の言うとおりだ。僕たちのために逃げようなんて考えるんじゃないよ。地の果てまで追っていくからね、大切な弟」


キラキラした笑顔でとんでもないことを言ってくる。

しかし、王太子の瞳は不思議なほど澄んでいて、彼は本気なんだと理解できた。


……だめだ。

この家族、相当ずれている。


俺はついに観念した。


抗えば抗うほど、この家族の覚悟が本物だと理解してしまったのだ。


説得を諦めると、胸の奥で何かが、ほんの少しだけだが解けた。


……悪いのは俺ではない。

巻き込まれるのを自ら望んだこいつらがいけないのだ。


とはいえ、俺のせいで、この者たちが次々殺されるのは、やはり気分が悪い。


なら、どうすべきか?


幸い、俺はとんでもない魔力量を持つ個体に生まれ変わった。


この力を利用して、俺やこの者たちの命を狙う敵どもを殲滅してやるか。


「ばぶ!(俺の敵となる者は、地獄を味わうことになるであろう! ふははははっ!)」


そう呟くと、ガルグイユが感動した様子で盛大な拍手をした。


『ご立派です、魔王様……!!』


国王をはじめとする家族たちは、きゃっきゃと笑った俺の声を「かわいい、かわいい」と絶賛している。


……くそ。

赤子では高笑いがちっともサマにならん。


忌々しく思う俺をうれしそうに眺めていたガルグイユが、不意に表情を曇らせた。


『で、ですが……《泣けば天変地異を起こす赤子》の存在は、他国にも知れ渡りつつあります。敵は必ず、その力に対処した暗殺者を送り込んでくるでしょう。しかし、今の殿下には、泣く以外の手段が、まだ何ひとつないのです! この状況は、あまりに危険かと……!!』

「何を言っている。おまえが役立てば問題ないだろう」

『も、もちろん! 我、命に代えて魔王様をお守りいたします!!』

「それは当然だ。そうではなく、もっと他に命がけでやってもらいたいことがある」

『!? ……と、申しますと……?』


俺はニヤリと笑って告げた。


「ばぶう(おまえにしか起こせない奇跡を要求する)」


ガルグイユがごくりと息を呑む。

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