第7話 赤ん坊王子、狙われる理由がやばすぎた
水竜ガルグイユは、少し言いにくそうに翼を畳んだ。
『初期の頃の予言は、精度が低かったとお伝えいたしました。が……ここ数年は、魔王様の転生が近づいたせいか、予言の内容が驚くほど具体的になっていたのです』
ガルグイユが語った予言の内容は次のようなものだ。
――魔王はクラウディア国に転生する。
――転生者は王族の一人として誕生する。
――転生者の成長とともに、クラウディア国はかつてない強国となる。
――周辺諸国はその力の前に、甚大な被害を受けるだろう。
『そんな予言が相次ぎ、周辺国家は恐怖しました』
クラウディアは、地図の中央にぽつんとある小国だという。
周囲を囲むのは、どれも巨大な国力を誇る大国ばかり。
当然、弱い国は標的にされる。
国境を越えた小規模な侵攻。
不利な条件を突きつける貿易圧力。
筋の通らぬ要求を繰り返される外交。
クラウディアは、いくつもの国から長い年月にわたり、じわじわと締め上げられてきた。
大国たちにとって、この国はいじめても問題がない弱小国家に過ぎなかったのだ。
予言が出されるまでは……。
『魔王様が誕生し、クラウディアが強くなれば、間違いなくこれまでの報復をされる。周辺国家はそれを恐れたのです。焦った彼らは、とんでもない手段に出ました』
クラウディア国の王族の中に魔王が転生する。
しかし、どの王族が魔王の親になるのかまでは、わからない。
――だったら、王族全員を殺してしまおう。
『そうして、次々と暗殺者が送り込まれてくるようになったのです』
「……」
胸のざわつく。
無茶苦茶な話だと突っ込みたいところだが、そんな気にはなれなかった。
……俺のせいで、この国の王族たちは命を狙われ続けていたのか。
彼らが暗殺されようが知ったことではないと思っていた。
だが、それはとんだ思い違いだった。
王族が危険に晒されている根本の原因は、俺にあったのだ。
「……ばぶばぶ?(……今までのことはどうにもならんが、俺が魔王だと名乗り出れば、それ以降、他の王族が襲撃を受けることはなくなるのではないか?)」
そう尋ねると、ガルグイユは申し訳なさそうに首を振った。
『予言によると王族たちは、ゆくゆく魔王様を支え、その力を増幅させる存在になるようです。魔王様本人を狙っても返り討ちに遭うだけだと、敵もすぐに理解するでしょう。そうなれば、魔王様の力を少しでも削ぐため、王族が狙われる可能性はむしろ高まります』
予言がなんだと言いたいが、現に俺は予言通り転生を果たしている。
俺が魔王だった頃も、予言の力は根強く支持されていた。
実際、高名な予言者の力は侮れない。
……自分の命が狙われることには、正直慣れきっているが。
関係のない者が巻き込まれるとなると、話は違ってくる。
運命の理不尽さに対して、苛立ちと虚しさが募っていった。
ガルグイユは俺の表情を読み取ったのか、しゅんと項垂れた。
『魔王様……。……ど、どうか、お気を落とされませぬよう……。うう……励ますことの下手くそな配下で、情けないです……』
俺を気にするあまり、ガルグイユの魔力が乱れる。
そのせいだろう。
奴の張っていた魔法結界が、突然消滅した。
その直後――。
バンッ!!
部屋の扉を蹴破って、数十名の兵とともに国王と王太子が部屋へ飛び込んできた。
後ろには、侍女を従えた王妃も心配そうに顔を覗かせている。
「ルシウスは無事か……!?」
国王が叫びながら室内を見回す。
破壊された壁、大穴の空いた天井、倒れた兵士やメイド。
部屋にドンッと居座る巨大な水竜と、その腕に抱かれている赤子の俺。
「ルシウス……!!」
血相を変えた国王が名を呼ぶ。
王妃はその場で崩れ落ち、王太子が慌てて支えた。
「魔物めッ!! 我が子を放せーッッ!!」
国王は一切の迷いなく剣を構え、ガルグイユへ突進してきた。
「ばぶばぶっ!(おい、国王! こいつは無害だ!)」
「安心しろ、ルシウス! 父が命に代えて助け出してやる!」
「ばぶばぶー!(違う、そうじゃない!)」
だめだ。
ガルグイユと違い、国王は俺の喃語を一切理解できないようだ。
国王は俺を避けるため、ガルグイユの尻尾を狙って斬りかかった。
俺を抱いているせいで両手の塞がっているガルグイユは、尻尾を振り回して避けようとした。
尻尾の先端が意図せず柱を破壊する。
弾け飛んだ瓦礫の一部は、国王の腹に直撃した。
「ぐっ……!」
弾き飛ばされた国王の口から、鮮血が噴き出す。
「父上……!!」
駆け寄ろうとする王太子を、しかし、国王は手で制した。
「息子を……返せ……っ」
歯を食いしばりながら、剣を杖のようにして立ち上がる。
彼はそのまま、足を引きずり、血を流しながら、よろよろと前へ踏み出した。
国王の視線は、ひたすら俺にだけ注がれている。
ひどい怪我を負っているというのに、彼の瞳には強い意思が宿っていた。
何があっても、息子である俺を助け出すという、強い意思が……。
俺は思わず目を見開いた。
……なんなんだ、こいつは……。
……俺のために……ここまでするなんて……。
「……ばぶ(ガルグイユ、敵ではないとすぐさま国王に伝えろ)」
『御意!』
ガルグイユは姿勢を正し、国王へ向き直った。
『――人間の王よ。我は魔王様……いや、ルシウス殿下の配下として忠誠を尽くす者! 殿下やそなたらに危害を加えるつもりはない!』
国王が驚いたように息を呑む。
「……人語を操るのか……。……さすが、上位魔物だな……」
だが、国王は警戒を解かない。
当然だ。
親馬鹿でも、一国の主。
突然現れた魔物の言い分を、そのまま鵜呑みにするわけがない。
「ばぶー(ガルグイユ、俺を国王に渡してやれ。すぐにだ)」
ガルグイユは頷くと、国王を刺激しないようそっと地面へ降り立った。
それから、おずおずとした手つきで、俺を国王へ差し出した。
慌てたように国王が手を伸ばし、俺を急いで受け取る。
俺を抱きしめる国王の手は震えていた。
「……よかった、ルシウス……」
心の底から安堵した声が、国王の口から零れる。
俺は、王の腕の中で固まったまま、どうすることもできずにいる。
自分のために命を張る者など、前世では一人もいなかった。
だから、どう反応したらいいのかわからなかったのだ。
「……ばぶ(ガルグイユ、今から俺が言うことを、国王にそのまま伝えろ)」
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