第6話 おまえの正体は……

かつての記憶が蘇る。


魔王城の正門。

その両脇には、対になったガーゴイルが鎮座していた。


一見すると、無骨でありふれた石像でしかない。

だが、中には結界魔法が封じられており、侵入者を容赦なく排除するようになっている。

彼らはまさに石の門番。

二匹は、魔王城創設の時代から、ずっと居城を守り続けていた。


……それにしても。


俺は、ガーゴイルのことを思い出しながら、目の前にいる水竜ガルグイユを改めて眺めた。


顔が、あのガーゴイルにそっくりだ。


もちろん、水竜ガルグイユとガーゴイルではサイズ感がまったく違う。

だいたい、ガーゴイルは単なる石像だ。

水竜ガルグイユのように動くことなどなかった。


だが、あまりにも似すぎている。


困惑した俺は、思わず問いかけてしまった。


「……ばぶばぶ?(……まさか、おまえ、あのガーゴイルなのか?)」


しまった。

今の俺は喋れないのだった。


しかし、水竜ガルグイユは、俺の喃語から意味を察したらしい。


『そうです! 我こそ、魔王様の城を守っていたガーゴイルです!!』


誇らしげに胸を張ろうとしたが、奴は瀕死だ。

耐えきれず膝を折る。


まだ聞きたいことが山ほどあるのに、この調子では途中で息絶えそうだ。


今回も理解するかはわからないが、一応、こちらの意図を伝えてみる。


「ばぶばぶ(回復していいぞ)」

『お許しが出た……!? ありがとうございます!!』


たとえ回復されたところで、その気になればいつでも殺すことなどできるからな。


許可を得た水竜ガルグイユは、すぐさま自らに回復魔法を施した。


元気を取り戻した水竜ガルグイユは、俺が情報を求めていることに気づいたらしく、これまでの顛末を説明しはじめた。


『魔王様が倒れられた後、魔王城は人間どもに破壊されてしまいました。我の対である兄弟も砕かれ……。生き残ったのは、我だけでした』


瓦礫の中で、ただ石像として立ち尽くすしかなかった日々。

雨に打たれ、風に晒され、百年が過ぎたと、奴は言う。


『その頃です。世界中の呪い師たちが『魔王が転生する』と予言しはじめたのは』


その噂は、瞬く間に駆け巡り――。


ついには、崩れた魔王城の跡地にぽつんと立つガーゴイルのもとにも届いた。


『……我は願いました。再び魔王様を守りたいと。壊された兄弟の分まで、今度こそお力になりたいと……!』


その強い想いが奇跡を起こしたのか。


『我の内から魔力が溢れ……気づけば水竜ガルグイユへと進化していたのです!!』


下級モンスターであるガーゴイルが、上位種の水竜ガルグイユに進化するとは……。


奴の言うとおり、それは奇跡に近い出来事だ。


ただ、ありえない話ではない。

数百年を経て体内の魔力が熟成し、突然変異のような超進化を果たす個体も、確かに存在はする。


しかも、水竜ガルグイユはガーゴイルの原型とも言われている。

遠い親戚のような存在なので、まったく関連のない生物に進化を遂げたわけではなかった。


『進化したこどえ動けるようになった我は、すぐさま魔王様を探し回りました。しかし、初期の頃の予言の内容は曖昧で……。転生の時期も場所も、わかりませんでした。だから、あてもなく探し続けるしかなかったのです』


その間、魔王の生まれ変わりを名乗る偽物は、山ほど現れたという。


『しかし皆、魔王様とは思えぬほど弱かったのです……』

「ばーぶばぶ(まあ、そうだろうな。俺ほどの力を持つ者などそうはいない)」

『はい! 本物の魔王様こそが最強です!! ……当時の我も、こんな弱者どもが魔王様の転生体なわけがないとすぐに見抜けました』


水竜ガルグイユは翼をしゅんと縮めた。


『偽物に何度も騙された我は、力試しをすることにしました。今度こそ本物の魔王様かと期待しては落ち込み、また探し……その繰り返しでした』


そしてついに、予言から百年後。


俺が転生した。


『お会いした瞬間、わかりました。破格の強さ……圧倒的な覇気……! 赤子であるのに、王の容赦なさまで備えておられる! 間違いございません……!』


水竜ガルグイユは俺を抱き上げ、オンオンと泣き出した。


『魔王様!! お会いできて……我、本当に嬉しいです……!!』


水竜ガルグイユは心底喜んでいるように見える。


だが、俺はこいつの反応に対して懐疑的だった。


石像時代のこいつは当たり前だが喋れなかった。

だから、俺はこのガーゴイルとコミュニケーションをとったことなどない。


にもかかわらず、なぜここまで慕ってくるのか。


そもそも、魔王時代の俺は、同胞である魔族たちからも恐れられていた。


身の回りの世話をする手下たちも、俺を見てビクビクするか、人間たちと通じて命を狙ってくるかのどちらかで、親しげに俺に近づいてくる者など、一人いなかった。


だからこそ、このガルグイユの反応が理解できない。


……まあ、大方、俺に媚びることで、命乞いをしたいのだろう。


現に、こいつは俺の気を引くことで、瀕死の状態から回復できたのだ。


……こいつの忠誠心が偽りのものでも、今更、何とも思わないがな。


忠義や忠誠、信頼や愛情。

そんなものはすべて、空虚な幻想に過ぎない。

人はそれらを餌のように掲げて、他者を利用し、最後には平然と裏切る。


俺はそういった結末を嫌というほど見てきた。


だが、今の問題はこのガルグイユをどう扱うかだ。


すぐさま殺してもいいが、こいつは俺の喃語をなんとなく理解するようだ。


通訳として使えるかもしれんな。

であれば、しばらく生きながらえさせてやるか?


再び俺の命を狙ってきたり、利用価値がなくなったときには、さっさと首を斬り落とせばいいだけの話だ。


喃語を本当に理解しているのか、もう一度試してみるか。


「ばぶばーぶ?(この国の王族は、なぜ、やたらと暗殺者に狙われるのだ?)」


水竜ガルグイユの動きがぴたりと止まった。


『……』


顔が曇り、躊躇が滲む。


なんだ?

俺の言ったことがわからないのか?


意思疎通が図れていると思ったのは、気のせいだったのか。


通訳としての利用価値がないのなら、やはり殺すか。


そう思いはじめたとき――。


『……魔王様ご自身が知りたいと望まれているのに、私が勝手に判断して真実を隠すのは、臣下として出過ぎた行いですね……。お話しいたします……』


水竜ガルグイユがゆっくりと口を開く。


そうして語られた理由は、俺の心を大きく揺さぶるものだった。

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