占い好きが異世界で生き方を探す。──紙と火による秘教式技法
濃紅
第1話
休日だった。
自分はキャンドルを買いに出ていた。
香りの棚をいくつか見て、気になったものを手に取る。強すぎないものを選ぶのは癖だ。日常的に使うには、主張が少ない方がいい。紙に包んでもらったキャンドルを肩にかけた白い皮のショルダーバッグに入れ、店を出た。
帰り道だったと思う。
ただ、気づいたら、普段は通らない方向に足が向いていた。理由は分からない。でも止める理由もなかった。危険そうでもないし、嫌な感じもしない。だから進んだ。それだけのことだ。
建物の奥に入るにつれて、音が変わった。足音が軽くならない。反響もしない。視界は狭まっていくのに、圧迫感はない。
次の瞬間、景色が途切れた。
──という表現が一番近い。
光が消えたわけでも、床が抜けたわけでもない。ただ、続いていたはずの場所が、うまく繋がらなくなった。自分は立ち止まり、周囲を見回した。
知らない場所だ。
それ以上の判断はしなかった。
まず、確かめる。
肩からバッグを下ろし、その場にしゃがみ込む。床に直接触れるのは避けたい。自分はバッグから敷布を取り出し、静かに広げた。これを出すと、頭が切り替わる。
次に、自作のオラクルカードを取り出す。
紙はもう古びている。角も丸い。でも使い続けている。自分が発案者で、更新ができて、何より愛着があるからだ。意味を固定しないカード。責任は自分に帰結する。
一枚引いて、敷布の上に置く。
内容は確認したが、言葉にはしない。
続いて、パクパク折り紙を取り出す。
アルミを混ぜた紙で作ったものだ。耐久性が高い。元は一メートル四方の紙だった。それを何重にも折り、開閉できる構造にしている。開いた結果の幅は、自分でも把握しきれていない。
─今は、耐えて欲しい。
開いて、閉じて、また開く。
定めた手順に則り、
手が止まったところで終わりにした。
そこで、ようやく周囲をもう一度見た。
理解が一つ、落ちてくる。
ここは深い場所だ。
地下かどうかは分からない。けれど、浅くはない。戻るための層を、いくつか越えている。そういう確認だった。
自分は息を整え、今度は装いと荷物を確認する。
緑の着物ワンピース。
帯代わりのレザーコルセット
白いショルダーバッグ。
中身は問題ない。
オラクルカード。
トートタロット。
特製パクパク。
購入したキャンドル複数。
七センチ四方の折り紙、千枚。
黒一色の折り紙が数十枚。
マッチ一箱。
判断を続けるための最低限は揃っている。
自分はそのまま動かなかった。
時間は測らない。体感で三十分ほど。カードと紙の感触、空気の重さ、それだけを確認する。焦らない。決めない。進まない。
最後に、軽く頷いた。
ここでは、まだ動かない。
◇
マッチで火をつけたキャンドルを、しばらく見つめ続ける。
炎は揺れているが、騒がしくはない。今はそれでいい。
音が、遅れてやってきた。
金属が擦れる音。
靴底が硬い床を叩く音。
一定のリズムがある。
自分は視線を上げない。
「人が、こんなところで何をしている。」
低く、ざらついた声だった。警戒を隠す気もないらしい。
「占い。」
短く答える。
「……なんじゃと?」
「あなたは?」
少し間があって、鼻を鳴らす気配がした。
「見ての通りじゃ。仕事帰り。」
そう言って、金属の匂いが近づく。
「占いと言ったか? ここには鉱物も宝石もないぞ。」
なるほど、と思う。
この世界でドワーフが占いと言われて想像するのは、きっとそういうものだ。
「うん。自分が用いるのは、紙を主軸としている。」
そこで、ようやく相手の気配が止まった。
「紙……?。」
視線を感じる。
きっと、キャンドルと敷布と、自分の手元を見ている。
自分は再び、パクパク折り紙を取り出した。
今回は簡易式だ。市販の折り紙で作ったもの。扱いは軽いが、今はこれで足りる。
「怪しいぞ、お主。」
ドワーフの声が、少し低くなる。
「何者だ?」
「んー……説明が難しい。」
手元から視線を外さずに答える。
「事実を言うなら、人間。
意識を言うなら、迷子。」
「……余計に分からん。」
それはそうだろう。
自分でも、そう思う。
パクパクを開いて、閉じて、また開く。
結果は見るが、表情は変えない。
ドワーフが、動いた。
一歩、距離を取る。
自分はそこで初めて、少しだけ顔を上げた。
「安心してほしい。あなたに何かする訳じゃない、する気もない。」
「……ほう?」
「自分が動かない、だけ。」
占いは未来を告げていない。
ただ、今ここで落ち着いていられる位置を示しているだけだ。
ドワーフはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。
「…変な人間じゃな。」
「そう。」
それで、この場はひとまず荒れなかった。
自分はまたキャンドルの火を見る。
まだ、動かない。
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