第2話 言葉の壁が高すぎる件
おっさんが話しかけてきてはいるものの、完全に一方通行だ。すまん、おっさん。けっこう長いこと話してるけど全部無駄にしちまう。
それにしてもこの状況困ったなあ。誰か助けてくれないかなって思いながらおっさんの後ろに目を向けてみる。諦めて帰ってくれっていう願いも込めて。
おっさんの後ろでは、おっさんの仲間だろう人達がこちらを遠目に見ていた。男が2人と女が3人。つまりおっさんを合わせると男女3人ずつの計6人のメンバーということだ。カップルかな?グループデートか?なんだリア充かよ爆発しろ。
そんなことを考えているとおっさんは話し終えたらしい。すまんなおっさん。聞いてなかったわ。聞いたところでわからんけどなガハハ。
わからないからといって流石に無視するのは可哀想だ。だからやることは決まっている。万国共通言語。ボディランゲージってやつだ。
まずは顔の前で手を合わせる。ごめんないのポーズだ。次に自分の耳を指差して、そのあと腕でバツ印を作る。耳が聞こえないってことにするわけだ。伝わるかは知らん。そして最後に、手を合わせながら頭を下げてもう一度ごめんなさい。あとはもうやれることはない。どうにでもなれ。
そう思っているとおっさんはハッとして何か言いながら手を合わせて頭を下げた。そしてすぐに仲間達の方へ駆け出した。
伝わったああああああああ!え、伝わったよね?諦めたんだよね?そういうことでいいよね?ふぅ、とりあえず難を逃れたぜ。
おっさんはというと、仲間に合流して何やら会話をすると、こちらに振り返ってまた手を合わせせつつ軽く会釈してくれた。すまんなってことだろう。
それに対してこちらは軽く手を挙げておいた。ええんやで、という思いを込めて。
それを見ておっさんも手を挙げて、仲間と共に下流方向へと歩いていく。帰るのかキャンプでもするのかだろう。どうでもいいけど。どちらにせよとりあえず意味は伝わったようだ。安心である。
さて、気持ちを切り替えて釣りの再開だ。別に釣れなくてもいい。気持ちを落ち着かせるために釣竿を垂らすのだ。
それにしてもおっさんは何の用だったんだろう。おっさんが話している間、全く表情とかも見ていなかったから感情すらも察することができていない。まあわかったところで言葉が通じないからどうすることもできないけどね。
こんなところまで来ているわけだから何かしら用事はあったんだろう。俺は暢気に釣りしてるけど、森の相当深い位置にあるはずだ。そんなところまで来なくてはならない用事なのだろう。
いや、考えすぎか?普通にキャンプ?バーベキュー?こんなところで?それならもっと街の近くでいいはずだ。それなのに敢えてここまで来ているわけだ。こんな奥深く危険なところまで。危険?はっ!もしかしてそれが狙いか?吊り橋効果的な?きゃっきゃうふふな展開を狙っているのか!?けしからん奴らだ。
まあ冗談はさておき、ここまできて俺に話しかけてきたってことは彼らも釣りに来たのだろう。ここらでしか釣れない魚はもちろんいるしな。もしくは山菜か?山葵とか特にここからさらに奥でしか採れないしな。
ってことはもしかしたらまた話しかけられるのか?山葵見つからなかったら俺に聞くしかねえもんな。いや、話しかけられても理解できねえけどな。まあ頑張って自分らで探してくれや。
しばらくぼーっと釣りしていると、またおっさんが近づいてきた。懲りないやつだ。しかも今度はお姉さんを引き連れて。なんだ?自慢か?自慢なのか!?ふざけやがって。喧嘩売ってるのか!?畜生、そうだよ、俺は敗北者だよ。早く用件を話しやがれこの野郎。
おっさんとお姉さんは隣に来ると、こちらに紙を差し出してきた。そこには何やら文字が書かれている。これはつまりあれだ。耳が聞こえないなら文字は読めるかってやつだ。すまんおっさん、お姉さん。読めん。
さて、読めないってどうやって伝えたらいいんだ?そんなジェスチャー知らんが?やばいどうしよう。とりあえず首傾げとくか。
だめだ、伝わってないわ。なんか向こうも首傾げてるし。あらやだお姉さんが首傾げると可愛らしい。いや、おっさんは可愛くねえぞ。似合わねえからやめとけ。
いや、違うそうじゃなくてだな。うーん、どうやったら伝わるんだ?誰か助けて!!!
そんなこんなで四苦八苦しながら首を振ったりバツ印を作ったり頭を下げたり色々やって、どうにかこうにか文字も読めないよってことが伝わったらしい。
いや、厳密に言えば伝わったのかはわからない。諦めただけの可能性もある。ただまあとりあえず引き返してくれた。一件落着である。
それにしても困ったことだ。言葉がわからないってとんでもなく不便だ。文字も当然わからないし。辞典とかないの?日本語対応の。あるわけないか。いや、でも俺以外にも転移者はいるはずだからワンチャンあるか?他の転移者達が俺みたいに言葉が通じないスタートだったらまずは言語学習から始めるはずだしな。
もし仮にそうだとしてだ。そんなもんどうやって手に入れるんだ?無理だな。買い物とかできるわけないし。奇跡的にあのおっさんが手に入れてくれたとして、言語習得できるか?
答えはノー。普通に無理だ。英語ですら無理ゲーなんだもん。俺馬鹿だし。いや、リーディングはそこそこできたよ?でもライティングになると怪しい。それにリスニングが全然ダメ。もちろんスピーキングはゴミ。発音悪すぎ乙って揶揄われたこともある。授業だけとはいえ、小学生から高校卒業まで10年以上やった英語ですらそんなだ。いわんや異世界言語をや。
しかしそれも異世界言語と日本語の辞典なり何なりがあればの話。ラノベのテンプレ通りに、転移者達にスキルとかで言語習得できる特典が与えられていたとすればもう絶望的だ。こっちの世界に来てチート貰って浮かれてるやつが辞典なんか作るわけないからな。
もしチートがなくて一から言語習得した人がいたとして、その人が辞典を作ってくれるだろうか。そんなできた人間なかなかいないはずだ。俺なら当然やらんしな。
転移者がそれはもう頻繁に現れていたとしたら、どこかのでっかい組織や国が辞典を作って教育しやすいようにするプロジェクトが生まれる可能性はあるかもしれない。でもそれも転移者がチートを貰っていなければの話だ。みんなチート貰ってたら必要ないしな。
つまるところ、そもそも辞典なんかない可能性が高い。あっても手に入らない可能性が高い。もし手に入っても俺が馬鹿だから言語習得できない可能性が高い。そんなところだ。詰んでてワロタ。
だがしかし、悲観するのはまだ早い。そもそもおっさんが話しかけてきたからこんなこと考えているわけで。別にこの2年間は普通に生活できていたのだ。なんならむしろ快適に。人間との交流は皆無だったが。だがそれも一向に構わない。俺コミュ障だし。ひきこもり気質だし。ぼっち万歳。
今でこそ釣りしたり山菜集めとかするけど、それもこれもネット環境がないせいだ。暇を持て余すからそうするだけで、家で時間を潰せる趣味があるならそうしている。実際、あえて凝った料理をして一日家から出ないことなんてざらにあるしな。
そういうわけで、そもそも家から出ないし、出ても人と関わることなんてないから、言語習得なんてできなくても全く困らないのだ。なぜか今回は困ったことになったが、これはそもそもおっさんが話しかけてきたせいだ。こっちはなんの用もないのだ。つまり、もうおっさんに出会わなければ困ることもないだろう。
すまんなおっさん。俺の心の平穏のためにもう来ないでくれたまえ。いや、来てもいいけど話しかけないでくれよな。頼むから。
そして一ヶ月ほど過ぎたある日。久しぶりの釣りを楽しんでいると声をかけられた。おっさんに。
え、なんで?釣りするとおっさんが釣れるの?偶々か?そんなことある?嫌がらせか何か?
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