第3話 山菜が欲しいらしい

 さて、会いたくもないおっさんに再会してしまったわけだが。今回は最初からこの前のお姉さんも一緒だ。なんだ?また自慢か?ふざけやがって。

 しかもおっさんは性懲りもせずなんか話しかけてくる。だから何言ってんのかわかんねえよ。やっぱり嫌がらせなのか?

 そんなおっさんを遮るようにして、お姉さんがぐいっと身体を入れ込んで来た。インターセプトか!?しかも手に何か抱え込んでいる。やっぱりインターセプトなのか!?

 手に持っているそれをこちらに見せてくれたわけだが、普通に本だった。しかもかなり分厚い。これはもしや!辞典なのか!?こっちの言語と日本語とのやつか!?


 そんな思いとは裏腹に、開いて見せてくれた中身は図鑑だった。当然こっちの言語で書かれている。いやわからんて。何がしたいの?そう思ってお姉さんの顔を見るが何やら必死にページを捲っている様子。次いでおっさんを見ると、こちらは目は合ったが肩をすくめるだけだ。は?肩をすくめたいのはこっちなんだが?なんだこいつら。

 そう思っていると、お姉さんが開いたページのとある絵柄を指差して必死にアピールしてきた。文字は読めないが、確かに絵ならなんとなくわかる。しかもお姉さんが指差してるこいつはこの森で見たことがあるやつだ。なんならたまに食ってる。素揚げにすると美味いんだよこいつ。タラの芽みたいな?そんな風味だ。もしかしてこれを探しているのか?そう解釈してとりあえずこいつの群生地の方向を指差してみた。


 するとお姉さんはめっちゃ喜んだ。それはもう例えるならガキが嬉しくて飛び跳ねてるあれだ。流石に言い過ぎか?いや、的を射ているだろう。

 おっさんはというと、俺の肩を掴んで揺すってくる。おいそれは本当かとでも言っているかのようだ。うん、まじでそう言ってるかも。言葉はわからんけどなんとなくこれはわかる。信じられなくてびっくりしてる反応だ。そんなことより揺するのやめーや。


 ひとしきり喜んだ2人は冷静になったのか、今度は頭を下げてきた。何度も何度も。謝ってるのかお礼が言いたいのかわっかんねえわ。なんだこいつら忙しねえな。

 しばらくして満足したのか、あるいは伝わったと判断したのかわからないが、2人は仲間たちの方へ駆け出していった。


 これで俺もお役御免かなと思い、釣りを再会。


 おっさん達の目的も達成されることだろうし、平穏が戻ってくるんだろうなとしみじみ思ったのも束の間。今度はおっさんのグループみんなでこちらにやってきた。

 いやなんでやねん。もう用は済んだはずでは?


 そんなことを思っていたのだが、どうやらまだ何か伝えたいことがある様子。おっさんを中心に男どもがひたすら話しかけてきて、時々ジェスチャーも交えてくる。

 いや、わからんて。もしかして手話なのか?いや、違うな。適当にやってるだけだな。ってことはこれが精一杯のボディランゲージか。舐められたもんだな。俺は馬鹿だぞ?その程度で通じると思うなよ?そんなことを思いつつ、伝わっていないぞという意思表示も兼ねてずっと首を傾げておいた。


 すると見かねたのか、おっさんとペアのお姉さんがまた図鑑を見せながら指を差してくる。うん、昨日見せてきた項目だね。

 その後に森の奥の方を指差して。うんうん、そっちの方角で合ってるね。

 最後においでおいでとやってから手を合わせてお願いのポーズ。なるほど、ついてきて欲しいのか。え、なんで?普通に嫌だが?リア充グループに部外者一人とか惨めなだけだが?何の罰ゲームだよそれ。ここは全力で拒否しておこう。とりあえずひたすらに横に首を振っておく。対抗するかのようにお姉さんもお願いしてくるが、こちらも負けんぞ。いくらお姉さんが可愛くとも、他人の女に尻尾を振っても虚しいだけだ。諦めてくれ。


 そしてついに観念したのか、女性陣で集まって話し始めた。おい、おっさん。もう終わりでいいか?その思いを込めておっさんを見ると、首を傾げて肩をすくめてくる。は?そうしたいのはこっちなんだが?なんだこいつ喧嘩売ってんのか。


 しばらくするとお姉さん達は会話を終えて、今度は別のお姉さんが近寄ってきた。片手には図鑑、もう片手には木の枝がある。そして隣にしゃがみ込むと、地面に何かを描き出した。

 これは、地図だな。そこが現在地と、なるほど。そんで図鑑の絵がその方角でその辺りと、うんうん。その2点を直線で結んで、その長さがわからないと。おお!なるほど!めっちゃわかりやすい!このお姉さんさては天才だな!


 とりあえず理解したことを伝えるために、大袈裟に掌に拳をポンっとやっておく。あの群生地までは歩いて3日くらいかかるから、それを伝えるために、えっと、1日ってどう表現すればいいんだ?よし、太陽?正式名称は知らんけど、とりあえず太陽を指差して、それが沈む方向にぐるーっと一周円を描く。そして指を1本立てて、これで1日ねと。お、伝わってるっぽいな。やっぱりこのお姉さん天才か。そしたら現在地と目的地を指差してから、その場で歩くように足踏みをして、指先で3周くるくるっとして、今度は指を3本立てる。徒歩で合計3日かかるぞって意味で。


 お姉さんはすぐに理解したのか、地面に描かれた地図の現在地を差して、線を辿って目的地を差して、指を3本立てて首を傾げる。うん、可愛い。そして合ってる天才だ。確認してくれたってことかな?あとはそうか、片道で3日なのかってことか?たぶんそうだろう。ここは大いに頷いておく。お姉さんにも伝わったのだろう、親指を立ててサムズアップしてくる。それ万国共通か!ならばこちらもサムズアップだ!


 このお姉さんに免じて地図に詳細なデータを加えてあげよう。直線から少し逸れるけど、キャンプ地に便利な安全地帯を描き加える。1日目ならこの辺り。2日目ならこの辺り。目的地周辺ならこの辺りと。

 最後に最も重要なこと。目的地の手前に二つの岩山があるけど、その間を潜り抜けるようにすると安全ですよと。でかい岩を二つ描いて、その間のルートなら丸印。迂回するルートにバツ印と。線を加えながら説明する。

 この岩山は、羽根のあるトカゲの住処になっているのだ。羽根トカゲが何なのかは知らん。ワイバーンか?ドラゴンか?知らんけど。それにしてはサイズが小さいんだ。子犬くらいのサイズしかない。だが縄張り意識が強いのか凶暴なのだ。迂回ルートを行くと襲ってくる。しかし、何故か間を潜り抜けるルートだと襲ってこないのだ。

 推測になるが、二つの岩山は別の勢力で、中間の領域は緩衝地帯的な何かなのだろう。そこで無理にこちらを襲おうとすると、相手の縄張りに入ってしまうからそれを避けるみたいな。たぶんそんな感じだ。


 それはさておき、伝えることはこのくらいだろう。お姉さんを見ると、表情の変化は乏しいが驚いているのがわかる。そして見られていることに気づいたのかハッとして、こちらを讃えるかのように拍手。その後にサムズアップ。それに対してこちらもサムズアップ。うん、素晴らしい。やはりこのお姉さんは天才だ。


 さて、伝え終えたところで早速おっさん達は出発の準備を整えた。まだ昼前だし、少し急げば今から出発しても第一のキャンプ地に暗くなる前に着けることだろう。

 そしておっさん達は頻りに頭を下げてくる。これは間違いなく感謝だろう。わかりやすくていい。とりあえず片手を挙げておく。ええんやでと。天才お姉さんと目が合ったのでサムズアップ。するとお姉さんもサムズアップ。うん、可愛い。


 しばらくして思い出したかのようにおっさんが近づいてきて巾着袋を渡してきた。お礼だろうか。受け取って軽く上下に揺するとジャラジャラと音が鳴る。うん、金だな。いや、普通にいらんが?使い道ねえし。というか山菜まだ見てもねえのにくれるのか。そういう文化か?先払い的な。いや、情報はもう渡したから後払いになるのか?うん、わからん。どうでもいいや。どうせ気持ち程度しか入ってないだろうし、ここは素直に受け取っておこう。


 そんじゃ気をつけて行ってこいやという気持ちを込めて手を振っておく。男どもは頷いたり片手を挙げたり。女性陣はペコペコ頭を下げたり手を振り返してくれたり。そうして段々と遠ざかっていく。せめて森に入って見えなくなるまでは見送ることにした。



 さて、これで今度こそお役御免なわけだ。なんかドッと疲れた気がする。言葉も文字も通じないコミュニケーション難しすぎワロタ。ただでさえコミュ障なのに。俺はよく頑張ったと思う。今日はご褒美にドラゴンステーキにしよう。まだ在庫があったはずだ。でもそれは夕食だ。昼は釣った魚にありつこう。そんなことを考えながら釣りを再開。ゆったりとした時間を満喫することにした。



 それから数ヶ月後。再びおっさん達に相見えることになる。しかも今度は何やら逼迫した状況で。

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