森ぼっちしか択がない

ほんめじ

第1話 あれから2年

 この世界にやって来て今日でちょうど2年経つ。

 すまん、嘘だ。正確な日付とかわかんないし、なんとなく季節が2回巡ったなっていうがわかるだけだ。日本みたいにはっきりとした四季があるわけでもないから推測でしかないわけなんだが。

 1年が何日とか知らんし、季節が一巡するのに何日とかわざわざ数えてないし。だから季節が二巡して1年とか言われたら元も子もないんだ。まあ違ったからと言ってどうということもないけど。単純にこの世界に来て1年だったわガハハって訂正するだけだ。でも合ってる気がするんだよなあ感覚的に。


 まあそんなことは正直どうでもいいんだ。2年経って今更なぜこんなことを考えたのかというのが本題だ。


 結論から言えば、ついに出会ってしまったのだ。この世界の住人と。第一村人発見的な?そんなノリではなかったけど、気分的にはそんな感じだ。

 だからといって2年経ったなんて感情に浸るようなもんか?って思うじゃん?

 いや、それがさ、通じなかったんだよね、言葉が。何言ってるのかさっぱりわっかんねえの。それで思い出しちゃったのよ。俺この世界に来るときにチート貰ってねえわって。



 2年前のあの日、高校卒業して何日だったかな?覚えてないけど。まあそのくらいの日にドラッグストアに買い物に行ったんだよね。

 で、その帰り道。そこそこ田舎だったし、人通りの少ない時間だったのも相俟って、50mくらい離れたところを歩いていた高校生のグループくらいしか周りに人がいなかったんだよ。だからなんとなく彼らを見て閑散としてんなって思ってたちょうどその時、彼らを中心にサークルが浮かび上がったんだ。今思えばあれが魔法陣だったわけだ。それが俺の足元まで届いてて。いやまじデカすぎワロタ。


 それはさておき、直感でやばいと思ってその範囲から出ようと思いっ切り後ろに跳んだんだよね。体勢としては海老?くの字?みたいな。んで、跳びながらも地面見て、まだ範囲内なら着地してすぐに走るか跳ぶかしないとなって考えたんだけど、ぎりぎり範囲外に出られそうだったんだよ。

 だからあとはそのまま着地の勢いで後転すれば確実に出られるわって安堵して、思惑通りにそこそこ華麗に後転して起き上がったんだけどさ。

 残念無念。見渡す限り木々が広がる森の中。さっきまで閑静な住宅街だったはずなのに。

 魔法陣から出たはずだよね?なんで?って理解できなかった。


 それから少しの間ぼけっと放心状態だったけど、段々と察してくるよね。森に飛ばされたんだなって。

 ラノベとか読んでたから、これが異世界転移かとか思ったわけだ。もしくは実は地球にも魔法があって、まだ地球のどこかの森でしたみたいな展開かなとか。まあ色々考えたわけだ。ただ間違いなく言えるのは、俺は巻き込まれた側だよなってこと。あの魔法陣みたいなのは高校生グループが中心っぽかったし。


 そのあとにもあれやこれやと考えた。何で俺だけこんな森の中なんだろうとか。チート貰えてたりするのかなとか。神様には会ってないから自動付与なのかなとか。まあ都合よく考えてたよ。

 ただ残念なことに何も貰ってなかったんだわこれが。よくありがちなパターンはもちろん試したよ。「ステータス!」とか「鑑定!」とか唱えてみたり。魔力を体内で感知して云々とか。「やっぱり魔法はイメージか!」とか言って火を熾そうとしてみたり、「やっぱり詠唱が必要なのか!?」とか言って適当に詠唱してみたり。

 小一時間くらい、思いつく限りのことを全部試してみたけど何も起こらなかったわけだ。厨二病が炸裂して黒歴史になるところだったけど、幸いなことに誰にも見られてなかったから記憶の闇に葬り去ることにしたよ。


 そんなわけで何もできないことがわかって絶望したけど、それ以上に羞恥心が勝ってむしろ冷静になったよね。やべえわどうしよう、とりあえず水場でも探すかって。

 そんなわけで歩き出して、水場にしても綺麗じゃなきゃ飲めないよなとかまともなこと考えて、上流のできれば湧水がいいよなとか思いながら、傾斜の高い方に向かって歩くようにしたんだ。


 そんでしばらくして遭遇したのがでっけえ猪。武器なんてあるわけないし、これっぽっちも勝てるとは思えないから逃げ一択だった。けど走って逃げられる速度か?って疑問に思って、とりあえず近くの木を勢いよく登ってみた。

 そしたらどうだ、猪が突っ込んできて俺が登った木は簡単に薙ぎ倒されたよ。そこからはもう全力疾走よ。もちろん猪の方が速いから、追いつかれそうになったら直角に曲がって逃げて。兎に角それの繰り返し。体力も無くなってきてまじで死ぬわって諦めかけたタイミングで、猪の足取りが覚束なくなって明後日の方向に歩き出した。

 めっちゃ木にぶつかってたし脳震盪だったと思いたい。そんな感じで運良く逃げ切ったわけだ。


 くそ危ねえ森だってことは理解したし、改めて異世界なんだなってことも理解した。だけどどうすることもできない。安全な場所とか知らんし。水がないと死ぬし。食料もないからどのみち近いうちに死ぬわとか思いながら。でもその場に留まっても同じ目に遭うだけだから、とりあえずは当初の目的通りに水場を探した。できれば上流であわよくば湧水を目指して。


 その後も同じ様な感じで、猪に襲われては逃げてを繰り返して。結局最後は逃げ切ることも叶わずに突進で吹き飛ばされた。グエー死んだンゴって完全に諦めてたわ。

 だけどなぜか、吹き飛ばされた後に襲われない。だからとりあえず顔を上げてみると、その場だけ空白地帯かのように、草木の生えない円状の場所だとわかった。しかも俺のことを吹き飛ばした猪はどこか遠くへ離れていく。都合良すぎてワロタって安堵して、気絶するように目を閉じた。


 しばらくして目を覚まして、運良く襲われずに生きてたわってまた安堵して。また水場探すか?どうしようかなって考えたときにふと感じた。喉渇いてないなと。あんなに逃げ回ったのに。身体もなんか元気。腹も減ってない。なんじゃこりゃと。

 考えられるのは、この空白地帯がそういう特別な空間なんだなと。空腹も喉の渇きも尿意も便意も感じない。そういう不思議空間なんだと。

 そのおかげでしっかりと今後の方針を考える余裕ができた。まず、当初考えていた水場を探すのは中断しようと。いつかここを離れるときに必要になるかもしれないけど、まあしばらくはいいやって。飯の心配もいらない。排泄の心配もいらない。風雨に晒されたらどうなるのかわからないが、可及的な問題ではないだろうと。耐えられるだろ不思議空間だしって。


 そんなわけでやるべきことを考えた結果、とりあえず身体を鍛えることにした。筋肉こそ力だ。それと、いつかできるようになるかもしれないから、魔法も試行錯誤してみようと。厨二心は忘れない。時間は無限にあるのだ。

 いつか飽きてしまってこの場を離れたくなるその時に、何の力もなく出ることは危険極まりないのは明確だった。だからとりあえず強くなろうと。どれくらい強くなればいいのか目安というか基準というかそんなもんどこにもないけど。



 そんなこんなで身体を鍛えて、なんか魔法も使えるようになって。空白地帯を拠点にして周囲を探索できるようになって。腹は減らないけど、嗜好として食べることはできるから山菜を集めてみたり。猪にリベンジしてみたり。もちろん食ってやったぜ。

 他にも狩りをしたり釣りをしたり、強くなればなるほどできることが広がって、行動範囲も広がった。そうなると欲が出てきて、家を建ててみたりして。服も作っちゃったりした。

 残念ながらまだ温泉は見つけられていないから、その反動で風呂場をでっかくしてみたり。


 いつか外に出ることも考えて、そうなると困るのは便意なので似非トイレットペーパーを作ってみた。ついでにトイレも作ってみた。構造は知ってたから、あとは陶器とか排水管用の金属とか作るだけ。作るなら水洗一択なわけだが、給水とか排水はどうしようかとか。タンクに溜まった汚物はどうしようとか。そんなことより作ったところでトイレ持ち運べなくね?とか。

 そうやって浮上した問題はもちろん全部魔法で解決した。魔法便利すぎワロタ。具体的に魔法をどう使ったとか、その辺りはまた機会があったら話すとしよう。


 そんなこんなで、文明開化も産業革命もすっ飛ばして衣食住を充実させることができて、不思議空間の外でも普通に暮らせるまでに成長したのだ。魔法万歳。



 そんな感じで2年が経って冒頭に至る。ついに人に出会ってしまったんだ。


 釣りしてたら下流に人が見えて、この世界に来て生きてる人間初めて見たなって感慨深く眺めてたんだけど、ちょうどそのタイミングで魚が掛かった。


 引きは強め。リールなんて大層なもんはないから前後左右に自分が動く。あとは上下に竿を動かすとかそのくらい。根掛かりしないようにだけ気をつけて。糸が切れないように竿が折れないように、クソ丈夫に作ったから不安はない。正しい方法なんて知らんけど、今のところはこれで上手くやっていけてるのだ。


 そんなこんなで釣り上げて、脳締めして血抜きして神経締めして、氷水たっぷりの箱に魚を入れたタイミングで声をかけられた。おっさんに。

 いやあ、完全に油断してたよね。何となく近づいて来てることはわかってたけど、それどころじゃなかったしね。まさか声をかけてくるとも思わなかったし。

 まあ別に害があるわけじゃないしいいんだけどさ。いや、良くはなかったんだ。だって何言ってるのかさっぱりわっかんねえんだもん。

 ラノベあるあるなら異世界言語がスキル的な何かでわかっちゃうはずなんだけど、やっぱりそんなチートは貰ってなかったんだなと改めて実感した。


 で、これどうすればいいの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る