2. 依頼という名の幻光
その時、奇跡的にドアがノックされた。 俺は慌ててグラスを隠し、咳払いをして「どうぞ」と声を絞り出した。
入ってきたのは、初老の女性だった。身なりは上品だが、目には深い疲労の色が滲んでいる。 「あの……こちらで、人探しをお願いできると伺いまして」 「ええ、もちろんです」 俺は努めて冷静に答えたが、心臓は早鐘を打っていた。仕事だ。久しぶりの、本当の仕事だ。
「息子が……一週間前に家を出たきり、戻らないのです。警察は事件性がないと動いてくれなくて」 彼女が差し出した写真には、線の細い青年が写っていた。 俺は写真を手に取り、詳細を聞き出す。彼の趣味、よく行く場所、最近の悩み。 (いける。これなら俺の足で追える。地道な聞き込みが必要な案件だ。スーパーコンピューターや霊視では分からない、人間の機微に関わる失踪だ)
「お任せください。必ず見つけ出します」 俺が依頼書を取り出した、その瞬間だった。
事務所の窓がガタガタと震え、外から拡声器のような声が響いてきた。 『お困りのようですね、マダム!』
俺と依頼人が窓に駆け寄ると、ドローンに乗った少年が空中に浮遊していた。IQ200を自称する少年探偵、『ギガ』だ。彼はゴーグル越しにこちらを見て、無邪気に笑った。 「その写真の彼なら、隣町のネットカフェの32番ブースにいますよ。いま、防犯カメラの顔認証ネットワークでヒットしました。さらに購買履歴から分析すると、彼は仮想通貨の暴落で借金を抱え、現実逃避していますね」
少年は空中でくるりと回転する。 「解決料は、僕の口座に振り込んでおいてくださいね! じゃあ!」
ドローンは飛び去った。 老婦人は呆気にとられ、やがて震える手でスマートフォンを取り出し、息子に電話をかけた。どうやら、本当にそこにいるらしい。 「あぁ……よかった。本当に、よかった……」 彼女は涙を流し、俺に向き直った。 「すみません、探偵さん。解決してしまったみたいで……」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げ、去っていった。 俺の手には、書きかけの依頼書だけが残された。
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