第二話

『生き返るためにダンジョンを繁栄させる』言いたいことは分かったし、実際伝わったが全てに実感が無い。

 アイツはあんなこと言ってどこかに居なくなったが、そもそも繁栄させるって何だ?


 どうやってやればいい。


「それについては、あたしが説明してあげるわ」


 さっきの奴とは違う声、だが聞こえて来るのは壁の向こう側からだ。

 喋り方からして…女?


「まずアンタに課せられたノルマは単純、一日よ」


「一日イッサツ?」


 イッサツってなんだ?

 一冊、一刷、一札…。


「簡単に説明するならば、一日一人殺せば良いってわけ」


 一日一殺ってわけかよ。

 なんだろうな、ここに来てから無理やり納得せざるを得ないことが多すぎて、何でもはいそうですかって流しそうになってしまう。


「考えるのはあとだ。そもそも何も無いこの空間で誰をどう殺せば良いんだよ」


「それは目の前のそれを操作すれば良いわ」


 いつの間にか目の前には窓?とその左横に一つ、右横に二つの四角い突起と、更にレバーのようなものが生えて来た。


「さぁさぁ、その窓を覗いてみて。あとは触れてみたら分かるわ」


 俺は彼女に言われるがまま手当たり次第に突起やレバーに触れてみる。

 その瞬間、頭の中に直感的な操作方法と使用用途が流れ込んでくる。


「うっ?!気持ち悪っ!」


「もーそんなこと言わないでよ。折角アンタらでも分かり易いような仕組みにしたってのに」


「アンタら…って、お前ら結局何者なんだよ」


「管理者を支える存在に過ぎないわ」


 コイツらと話していると疑問が尽きない。

 ここに来てやっと咀嚼して理解できたのがこの窓と突起くらいだ。

 どうやらこの突起で罠を置けるらしい。


「じゃあ試しに罠を置いてみて」


 左の突起を押し込むと、窓から見えるダンジョンの地面に青に淡く光る魔法陣のようなモノが現れた。

 不思議なことにこれは、魔物を出現させる魔法陣…だと頭で理解した。

 窓に浮かび上がった透明の板に表示された何体かの魔物の中から、一番上にあった『ゴブリン』を選び、更に最大数の三を選択し、ゴブリンを三体出現させる罠として魔法陣をそのまま通路の中央に置いた。

 決定するのは右側の突起らしく、慣れないながらも一連の動作を終わらせた。


「まさか、これだけか?」


「えぇ、現状アンタが使える罠はそれだけ」


「で、ダンジョンに来るのは冒険者くらいのものだが、ソイツらをどうおびき寄せるんだ?」


 罠は置けた、次は標的だ。

 しかし、俺が落ちる寸前に見たあの景色がそのままこのダンジョンの一部なら、ダンジョンの入り口は地下にあるってことになる。

 周囲には街も無かったし、どうやってここを見つける?


「話が早いわね。人間に恨みでもあるのかしら?」


「一日一殺ってのをやり続ければんだろ?当然自分のためには全力を尽くしたい」


「まぁこちらとしては最適な人材なのだからとてもありがたいわ。じゃ、ダンジョンを起動しましょ」


 起動――ってのはどうやって。


「最後の突起があるでしょ?それを押せばダンジョンの入り口が地上に出る」


 本当、このダンジョンは徹頭徹尾人工物のようだな。

 まるでドワーフの技術だ。


 そんなことを思いながら突起を押し込むと、窓の中の景色が揺れ始め、それに伴い地鳴りのような音が空間に鳴り始める。


「なっ!なんだ?!」


「落ち着いて、この音は窓の外の音を再現しているだけ。今みたいに窓の近くで聞こえる音は全て拾って、この空間でそれらが再現されるようになってるわ」


「しかしこのダンジョンを作ったやつは、人に恨みでもあるのか?」


「さぁ?それは自分が一番よく分かってるんじゃない?」


 それの真意は分からなかったが、声色は表も裏も無いような軽さを秘めていた。


「はぁ?」


「とりあえずしばらくは自分で頑張ってみてね~」


 逃げるように声が遠ざかっていき、静かになった。

 とにかくやるべきことと目指すべきことは分かった。

 あとはやり続けるだけ…ただ、これじゃああそこに逆戻りだな。

 しかも今度は本当に逃げられない。


「生命体が侵入しました」


 しばらくして突然そう声が聞こえた。

 窓を覗き、レバーを使って視点を動かしていくとその生命体の姿が見えた。


「人間だ」


 想像した通りやはり冒険者だった。

 数は二人のパーティーで剣士と弓使いだった。


 ≪こんなダンジョン、前にあったか?≫


 ≪さぁ?とりあえず少し進んで様子見しようぜ≫


 空間に二人の男の会話が響く。

 彼らの後ろからは光が差していて、まだ入って数歩だと分かった。

 二人は警戒しながらも足取りは早い、罠の場所まですぐ辿り着いていた。


 ≪魔法陣!?≫


 ≪ゴブリンだ!≫


 先頭に立つ剣士の男が罠を踏む、即座にバックステップで距離を取った。

 弓使いは既に矢を番っていて、こういう事態には慣れていそうだった。


 ≪人工ダンジョンか、他にもこういった罠があるかもしれない≫


 ≪気を付けないとな。ったく、斥候を連れて来るべきだったか?≫


 ≪そんなお金があれば是非とも連れてきたかった人材だ≫


 ゴブリンと戦いながらも二人は会話を続けているが、あっという間にゴブリンたちは切り伏せられ、最後の一体は剣士に近付いたところを弓使いに頭を射抜かれていた。

 なんか、自分が置いた罠がこうも簡単に攻略されると空しいものだ。

 だが、それ同時に俺は二人のことを応援していた。


 心で人はどうでも良いって思っていても、やはり心のどこかで捨てきれないのか?

 いや、とにかく一人殺さないとどうなるか分からない。

 コイツらのどちらかを仕留めないと…。


 ≪どうする?このまま進んでも良いが≫


 ≪帰宅の余力は残しておきたいよな、とりあえず階段があればそこで引き返そう≫


 マズい、この第一階層で決着をつけなければ次いつ来るか分からないぞ。

 時間は分からないが今はまだ日が昇っている。

 次の日まではまだ時間があるハズだ。

『二人に生き残ってほしい』なんて悠長なこと思っている場合じゃない。


 残っている罠はあと三つ。

 スライムが三体の罠とゴブリンが三体、そしてグールが三体だ。

 この中で期待値が高いのがグールの罠、スライムやゴブリンに比べて等級が高い。

 曲がり角に設置してあるから奇襲効果もある。


 ≪お次はスライムか!≫


 ≪魔法が使えない分ダンジョンで出られると厄介だな≫


 そう言いつつも、彼らはまた簡単にスライムのコアを破壊し先ヘ進む。

 次の罠も楽々突破された…あとはグール。

 ここを突破されたら後が無い。


 彼らが侵入してから気付いたが、どうやら彼らが居る階層は罠の削除や追加が出来ないようだ。

 焦って追加しようとしたが無理だった。

 対照的に彼らには焦りが無い、まるで出て来るモノをただ淡々と捌く作業をしているかのようで、罠に掛かり止まりはするが長居はしない。


「マズいぞ…頼む、グール!」


 窓の両側に手を置き、更に覗き込むように彼らの動きを見る。

 しかしそんなことしても結果は変わらないのは分かっている。

 もしかしたらコイツらは更に先へ進むかもしれない。

 ならば次の階層の罠を作るしか…しかし、どうやらこのダンジョンは三階層しかないようで、俺の罠のレパートリーでは殺しきれないのは目に見えている。

 階層ごとの罠の制限もあり厳しい。


 ≪まず一人目!≫


 どう対策をしようかを下を向き考えていると、そう声が聞こえ顔を上げる。

 既にグールの罠を踏み、一体目を撃破していた。


「頼む!」


 既に彼らへの応援は無く、俺の願いは後二体のグールに乗せた。

 二体目も難なく撃ち抜かれて床に倒れ伏した。


 ≪よし、これで終わりか?≫


 どうやら一体目は既に二体目だったようだ。


「いや、違う!」


 彼の言葉にグールの死体の数を再び数えるが、二体しかいない。

 一体目を探すと、曲がり角の少し奥、彼らから死角となる暗闇に潜んでいた。

 俺が見つけると同時にそのグールは飛び出し、剣士の腕を爪で傷つける。


 ≪ぐあァ!?まだ居たか!≫


 ≪この野郎!……大丈夫か?≫


「ダメ…か…」


 だが、すぐに矢に撃ち抜かれてしまった。

 確かに剣士の腕からは出血が見られるが、これもすぐに収まるだろうな。


 次はいつになるのだろうか…明日を迎えた時俺は死ぬのか?

 このまま死ぬのは嫌だ…。

 頼む、誰か来てくれ!


 そう願っても現実は非情で、味方は生きている彼らの方についている気がした。

 光の方へ進んでいく二人、弓使いが剣士に肩を貸して歩いていく。


「生命体が退出しました」

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ダンジョンに取り込まれた俺は、今日も冒険者を罠に掛ける アスパラガッソ @nyannkomofumofukimotiiina

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