第2話 内見
契約主――フレチェデュマ・ロマル。
半獣の猫族で、今回の依頼人だ。
僕たちは今、《嶄幻境神試練》と呼ばれるダンジョンへ向かっている。
「……つきました」
そう告げた僕の視線の先にあったのは、荒廃し、苔と蔦に覆われた石造りの巨大な建造物だった。
崩れかけた門柱、風化して文字の読めなくなった壁画。
辛うじて判読できるのは、傾いた看板に刻まれた《嶄幻境神試練》の文字と、その下に残された我が社――王国不動産管理局の社名のみ。
正直、外観だけで帰りたかった。
「ロマルさん……本当に、ここでいいんですか?」
そう聞くと、彼女――いや彼? 猫耳を揺らしながら振り返る。
「いいの。心配してくれて、ありがとね」
にこっと笑うその顔は、どう見ても肝試しに来た子供のそれだった。
僕は深くため息をつき、手元の資料を読み上げる。
「初めて発見されたのは王国歴一六四五年。発見当時の危険度はS+。完全攻略が確認されたのは一九一四年です」
ロマルさんは「ふんふん」と尻尾を左右に揺らしながら聞いている。
「一九二〇年までは冒険者や研究者の出入りがありましたが……老朽化と、事故多発を理由に閉鎖。そして――」
ここで、喉が少し詰まった。
「このダンジョンを“契約”した者は、記録上、十人中十人が行方不明です」
言い切った瞬間、風が吹き抜けた気がした。
「第五層までは調査済みですが、それ以降は当時のまま。罠も魔物も、管理外……」
資料から目を上げる。
その隣で――
ロマルさんは、しっぽをぴんと立て、目をキラキラ輝かせていた。
……あ、これ、全然聞いてないやつだ。
「早く内見しましょう!」
急ぎばやにそう言われ、僕は反射的に「えっ」と声を漏らす。
「い、いえ、その……危険性の再確認とか……」
「大丈夫大丈夫! ダンジョンは古いほど味があるもの!」
味って何!?
僕は渋々、入口の前に立つ。
形式だけはきっちり守らないと、後で怒られる。
「――王国不動産所有地、三四一五番。外部決壊を解除せよ」
詠唱が終わると、重苦しい音を立てて結界が解かれ、石扉がゆっくりと開いた。
「……もういいのか?」
確認され、僕は無言でヘルメットを取り出し、ロマルさんの頭に被せる。
「安全には、十分気をつけてくださいね……」
「ありがとう!」
元気よく返事をして、ロマルさんはズカズカと中へ入っていった。
……本当なら、外で待っていたい。
いや、むしろ今すぐ帰りたい。
でも――
お客様を、こんな場所で一人にするわけにもいかない。
僕は覚悟を決め、恐る恐る足を踏み入れた。
中は、レンガが敷き詰められた一本道。
壁にはランプが並んでいるが、どれ一つとして火は灯っていない。
空気は冷たく、湿っていて、どこか“生き物の吐息”のようなものを感じる。
「ひぇ〜……ヤバい……これ、怖い……」
思わず声に出た、その瞬間。
「ライトオン」
僕の前に、ふわりと光の玉が出現した。
周囲を淡く照らし、闇が一歩後退する。
「僕は暗いところでも平気だけど、君は人間だ。ライトをやろう」
ロマルさんが、少し照れたように言う。
「……ありがとうございます」
正直、命拾いだった。
こうして、僕たちは――
誰も戻らなかったダンジョン、《嶄幻境神試練》へと、足を踏み入れた。
ダンジョンぐらしとかマジでやめとけ! @azzzsan
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