ダンジョンぐらしとかマジでやめとけ!

@azzzsan

第1話 神々からの試練


神々からの試練(ダンジョン)とは

 それは、かつてこの世界に“夢”が存在していた証だった。

 世界各地の地下深くに点在する、神々が遺したとされる魔境――

 人はそれを畏怖と憧憬を込めて、**神々からの試練(ダンジョン)**と呼んだ。

 地下には、この世のものとは思えぬ財宝、未知の技術、そして理を歪める謎がひしめいていた。

 剣を振るう者、魔を操る者、学問を究める者。

 無数の採掘者――ハンターたちが、一攫千金と名声を夢見て、地下世界へと潜っていった。

 だが――

 人間の欲は、神々の想定すら超えていた。

 王国歴二二二八年。

 最後に残されていた【阿嘉蟻鱒鳶神試練】が完全攻略されたことで、歴史は一つの節目を迎える。

 すべてのダンジョンは踏破され、

 すべての仕組みは研究によって解明され、

 すべての“夢”は、数式と報告書に変わった。

 寒冷地では魔物が地下に潜る理由。

 ダンジョン同士が地下深層で繋がり、独自の生態系――コミュニティを形成していた事実。

 神々の試練とは名ばかりで、実態は環境調整用の巨大人工生態炉であったこと。

 希望も、絶望も、神秘も――

 すべて、理解され尽くした。

 そしていつしか、誰もダンジョンを整備しなくなった。

 冒険者ギルドは縮小され、

 ダンジョン管理局は書類仕事だけを残して解体され、

 多くの地下入口は封鎖され、忘れ去られていった。

 神々からの試練は、

 ただの古い地下施設になったのだ。


 王国歴二二九五年。


 ベルドーガンド辺境。

 俺は今日も、王都不動産西オチバン支店のカウンターに座っていた。

 カランコロン。

 古びた木製ドアに取り付けられた鈴が鳴り、

 反射的に顔を上げる。

「いらっしゃいませ、王都不動産西オチバン支店へ。

 ご要件は何でしょうか?」

 視線の先に立っていたのは、一人の客だった。

 黒髪ショート。

 少し眠たげな半眼。

 耳と尻尾を隠す気すらない、半獣――猫族の美少年

 ダウナー系、という言葉がこれほど似合う存在もそうそういない。

(……ネコ族だからって、語尾に“にゃ”は付けないよな。うん)

 内心でそんなことを考えつつ、営業スマイルを崩さない。

「あの、ここに来る途中に見かけた土地が欲しいの。

 ここの不動産の看板、掛かってて……」

「わかりました。すみませんが、どちらの土地でしょうか?」

 地名を聞くまで、俺はまだ“普通の案件”だと思っていた。

 彼女は少し首を傾げ、淡々と告げる。

「……嶄幻境神試練っていうところ」

 ――一瞬、思考が止まった。

「え?」

 声が裏返りそうになるのを必死で抑え、俺は書類棚を見ないふりして目を泳がせる。

「あぁ……。ええと、ほんとに……いいんですか?」

 思わず、そう問いかけてしまった。

 彼女の耳が、ぴくりと立つ。

 その仕草だけで「なぜ?」と聞いているのが分かる。

 俺は小さく息を吐き、事情を説明することにした。

「昔、あったでしょう。

 ダンジョン暮らしブームとか、ダンジョンリメイク建築とか」

 彼女は「ああ」と小さく相槌を打つ。

「うちの支店もその波に乗って、なんとかダンジョンをいくつか取得したんです。

 その中の一つが、嶄幻境神試練です」

 そして――俺は一番言いたくない部分を口にする。

「……その後、買った人が全員、ダンジョン内で行方不明になりまして」

 彼女の表情は、変わらない。

「もちろん調査は済んでます。

 魔物もいない。構造崩落もなし。呪いも検出されていない」

 だからこそ、余計に気味が悪い。

「正直に言います。

 そう簡単に売りつけて、お客様を死なせるようなことは……

 俺には、できません」

 言い切ったあと、少しだけ胸が軽くなった。

 すると彼女は――

「……なんだ、そんなことか」

 あっさりと、そう言った。

「じゃあ、今から内見したい」

 ――は?

「え、今から?」

「うん。日もまだあるし」

 淡々とした声。

 迷いも恐怖も、そこにはなかった。

 俺はその瞬間、なぜか背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(……嶄幻境神試練。

 調査では“安全”とされた、唯一説明不能なダンジョン)

 この客は、何者なんだ?

 俺は苦笑しながら立ち上がり、鍵束を手に取った。

「……分かりました。

 案内します。ただし、何があっても自己責任ですよ?」

 

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