ずれた亀裂に崩壊

天音静

ずれた亀裂に崩壊

消えたかった。

特になにか消えたくなるほどの大きな悩みがあった訳でもいじめや虐待とかの劣悪な環境にいた訳でもなかった。

ただただ漠然と消えたいとだけ。

友達もいるし、家族もいる。

人間だから小さな悩みくらいはあるけど、それだけで消えたくなんてなるの?

もしかしたら無意識にネガティブな考えをする自分が嫌だったのかもしれない。

そんなことばかりをずっと考えていた僕のお話を聞いてくれますか?


  ***


朝は弱いから起きられない。

社会不適合者な僕でも

「親が学費を払ってくれてる学校にはしっかり行かないと」

って思いながら毎朝起きる。

顔を洗って、歯を磨いて、着替えて、お母さんが作ってくれた朝ごはん。


そこから学校へ向かって午前中の授業を受けたら昼休みに購買のパンを買って1人で食べる。

またそこから午後の授業を受けて、終わったら家へ帰り勉強。


夜になったらお父さんが作ったご飯を食べてお風呂に入る。

しばらくゆっくりしたらそのまま寝る。


いつも通りの1日だ。

でも急に頭の中から湧いて出てくることがあるんだ。『消えたい』って。

そんな日は布団の中で考えすぎて眠れない。

そして朝に起きられなくなるんだ。

それを繰り返してる僕の日常。


  ***


「ーーーー?」


「ーーーーーーーーーー。」


あれ、?違和感。

なんか今日はぼーっとしちゃうな。

最近もずっといつも通りだけどな?

そこまで気にすることじゃないよね。

悪い成績取らないようにしっかりしないと。


「ーーーーさん!」


「うわっ!?」


「ちゃんと話聞いてますか?顔洗いに行きます?」


「ごめんなさい、大丈夫です。」


だめだ、最近こんなことばっかりだ。

ぼーっとしちゃうし耳鳴りがひどい。

明日は休みだし今日はしっかり寝よう。


やっぱり無理かも、考えすぎて眠れない。

なんか、寝れるものないかな。


   ...


これでいっか。

なにこれ?安心できるなぁ。眠れそう。


うるさい、今何時?

え、もう12時?うそ!?こんなに寝てた!?今日は友達のところに行かなくちゃなのに!急がなくちゃ!


 ふらっ、


わ!?なに?なんか、ふらふらして立てない、

うっ、気持ち悪い、今日無理かも、連絡しなきゃ。


  ***


...買い物行かないと。

この前のやつと、今日のご飯は...ハンバーグか。今家にないやつはひき肉と卵だけかな。

この前の、ふらふらしたけどなにも考えないで良くなった。もう一回。よく眠れるし。

おかげで授業ぼーっとすることがなくなった。

耳鳴りはまだするけど、そこまでじゃないから。


  ***


最近忘れっぽい気がする、

テスト勉強してるのに全然できない。

息切れもしやすくなってるような...


「あの子最近変じゃない?」


「ね。なんかふらふらしてる。危なくない?歩いてるたびに毎回転びそうになってるよ」


「それな?なんかやってんのかな」


僕もそんな気がするよ。

最悪。クラスで噂になってるじゃん。控えなきゃ。このままじゃ親にまで連絡いくかも。


でもやっぱりやめたら眠れない。

安心できたら寝られるから...抱き枕でも買ってみようかな。届くまではまだ...


わあ、ふわふわ。あったかい。


ん、あれ?寝てた?抱き枕で眠れたの?

良かった。これでしばらくは眠れるよね。


  ***


だめ、抱き枕でも眠れなくなってきた。

やっぱりあれしかないのかな。

でもまた噂になったら嫌だし...まだやらないで眠る練習しよう。



「ーーちゃん!!」


「ーー!」


お母さん、?お父さん、?

なんで僕の名前をそんなに叫んでるの?


ピーーーーー


なに、どこ、ここ。僕の部屋じゃない。


「!!大丈夫!?ーーちゃん!」


「ーー!何があったんだ!?道で倒れるなんて!眠れてないのか?大丈夫か?」


「何があったの?ここどこ?」


「覚えてないのか?ーー、道で倒れてたみたいだぞ。たまたま近く歩いてた人が救急車呼んでくれたらしくて、」


迷惑かけた...?迷惑をかけないために、親不孝にしないために頑張ってきたのに?


「僕は大丈夫だけど、その人に謝りにいかなきゃ」


「「...」」


「ねえ、ーーちゃん。こういうときは、謝りにいくんじゃなくて、感謝をしにいくの。」


「そうだぞ。ーーが外にでても大丈夫になったら手土産を買ってその人のところへ一緒に行こうか」


「...うん」


僕は意味が分からなかった。感謝?その人だって予定があったから外にでてたはずなのに僕のせいで迷惑をかけたんじゃないか。

でも、ここでそんなことを言うのは賢明じゃない。合わせよう。


  ***


「わざわざ時間作ってくださってありがとうございます。」


「いえいえ、息子さん無事でよかったです」


「本当にありがとうございました!」


『無事でよかった』?この人と関わりないのに。

迷惑に思わなかったの?本当に謝らなくて良いのかな。もしかして周りがおかしいんじゃなくて僕がおかしいの?

だからこの前もクラスの人は僕をおかしいって言ってたんだ。

僕が周りとズレてるって、どっちにしろ迷惑かけてるかもしれないじゃん。

親にだけじゃない。世界中の人の迷惑にならないように空気を読んで合わせる。

それが大切なんだよね?


  ***


そこから僕は周りとずれていくような気がして自分で勝手に生きづらくなった。

何をするにも自分の行動が全て間違っていて迷惑をかけているんじゃないかと心配でたまらなかった。

でもどれだけ心配しても動かなければ周りから『おかしい』と言われてしまうから。

周りから嫌われるのが怖くて、どこかの輪に入っていないと世界中で自分だけが孤独なんじゃないかと思ってしまう。

だから必死に動いた。

それでも僕のずれは根本的な問題だったのだろう。

変わらなかった。周りに合わせようと頑張ったけど、必ずどこかで失敗する。

かえって周りに迷惑をかけるだけだった。

僕が初めて『消えたい』と思い始めたときの感情は理由がない感情だったんだ。

でも周りとのずれをしっかり理解してしまった今の僕は『周りに迷惑をかけるから、僕がいるから周りまで不幸にしてしまうから消えたい』という感情に変わっていった。

それを自覚した自分はますます動けなくなって親に迷惑をかけないようにと頑張って行っていた学校にも行けなくなり、そのまま不登校になった。


周りとずれている社会不適合者。

そんな自分なら居なくなってしまえ。


  ***


拝啓 お父さんお母さん


最後に直接お話しもできなくてごめんなさい。自分が行きたいと選んだ高校もお金を払っていてくれていたのに途中から行かなくなってしまってごめんなさい。

僕はお父さんお母さんの子供として、家族として生まれてくることができて幸せでした。

そして、2人よりも先に終幕を迎えた僕をお許しください。

ただ、出来損ないだった僕が悪いのです。

僕を追いかけてくることもやめて欲しいです。僕の分まで夫婦で幸せに暮らして欲しいです。

僕を最期まで愛してくれてありがとうございました。本当に、本当に大好きです。

そして、本当に僕の人生を幸せにしてくれてありがとうございました。


両親がこの手紙を見つけたのは僕が書いてから1週間後のことだった。


  ***


消えたかった。

特になにか消えたくなるほどの大きな悩みがあった訳でもいじめや虐待とかの劣悪な環境にいた訳でもなかった。

ただただ漠然と消えたいとだけ。

そう思っていた。

でも、後から僕はずれを自覚して、理由ができた。いまでも友達もいるし、家族もいる。

無意識にネガティブな考えをする自分から何もできなくなった自分が嫌になった。

そして消えたいと思い続けた僕のお話を聞いてくれてありがとうございました。

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