第三章 プーさんとの学校生活

 チャイムが鳴り、一時間目の授業が終わった。


 プーさんが五年二組の生徒の前で自己紹介を行い、クラスメイトに加わったあと、初めて訪れる休み時間だった。


 本来なら、この休み時間は転校生との交流会の時間となる。ファンイベントのように、転校生をクラスメイトが取り囲み、質問責めするというお馴染みのあれだ。


 だが、今回ばかりは毛色が違った。誰もプーさんに近づいて行かないのだ。


 無理もない話だ。プーさんは明らかに『異質』だった。外見はかろうじて人型の体裁を保ってはいるものの、体の表層は動物のような毛皮であり、色も黄色という奇抜さが人を遠ざけていた。


 おまけに極め付きは、熊のような姿形。見た目こそは可愛らしいぬいぐるみそのものだが、それが生きて自律しているのだ。


 人は自分と違う存在を忌避する。この残酷な事実は、社会だけではなく、小学校でも当てはまる。人間は他者を排斥するのが好きな生き物なのだ。


 休み時間に突入したあと、優司は次の授業の準備を行った。二時間目は算数なので、算数の教科書や三角定規などを用意する。その際、ちらりとプーさんの様子をうかがった。


 プーさんは、他の生徒が自分を避けているのを知ってか知らずか、平然した態度で机の中を整理している。時おり「んーと、んーと」と悩ましげな独り言を発しているのは、口ぐせなのかもしれない。


 「話しかけないの?」


 やってきた友秀が、こちらの顔をのぞき込みながら訊いてくる。


 「今は別に……。友秀こそどうなの? 転校生に期待してたじゃん」


 「ああ、それがちょっとね」


 友秀は歯切れが悪く、困ったように眼鏡のツル部分を弄る。あまりプーさんのほうを見ようとはしていなかった。


 「何だか、思ってた人と違ってて……」


 どうやら期待外れということらしい。優司と同様、今のところ仲良くなる気はないようだ。


 優司は改めて、プーさんを観察した。


 プーさんは机の中の整理を終え、教科書を机の上に並べている。プーさんの丸っこいファニーフェイスは、どこか笑っているように見えた。おそらく、元の造形がそう見せるのだろう。


 つぶらな瞳も相まって、可愛らしいが、いかんせん、人ではない存在に、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


 クラスの中でも特に人当たりが良い津高孝太郎つだか こうたろうも、遠巻きにプーさんを眺めているだけだった。幸太郎は長身でイケメンという女子にもてる要素が備わった男子だが、プーさん相手には、あまり通じなさそうであった。


 人懐っこい八木広康やぎ ひろやすも、同じ反応を見せていた。広康はプーさんに負けず劣らずの太った体型で、顔も温和な容貌であるため、プーさんと親和性が高そうなのだが、本人は接触を控えているらしい。後ろの戸口近くで友人と会話をしていた。


 「まあ、今はまだ、皆様子見だね。そのうち仲良くなるよ」


 優司はそう言ったが、頭の中で疑問がよぎる。


 実際、そのような日がくるのだろうか。黄色い熊と教室で談笑したり、一緒に下校したりする日が。何だか、想像がつかなかった。もしかすると、ずっとこのままななのかもしれない。


 昨日、転校生の話を聞いた時から、感じていた胸騒ぎは、これが原因なのだろうか。転校生が孤立することに対する危惧があったのか。自分でもよくわからなかった。


 やがて、休み時間が終わり、先生が教室に入ってくる。先生はプーさんに視線を送り、満足そうに頷くと、教壇に着いた。


 授業が始まってからも、プーさんは柔和な笑顔のまま、大人しく授業を受けていた。


 結局、その日は誰もプーさんとコミュニケーションを取ろうとはせず、一日の授業は終わりを迎えた。



 「え? 転校生?」


 優司は母の由美ゆみに転校生のことを伝えた。すると母は初耳だったらしく、目を丸くする。


 現在、優司は自宅にて、母と一緒に夕食をとっていた。肉じゃがと焼き魚の香ばしい匂いがリビング内を漂っている。


 江田町の住宅街に建っている宇杉家は、優司の通う宮戸小学校から徒歩で十五分ほどの距離にあった。閑静な場所で、スーパーや病院なども近くにあるため、立地条件は悪くなかった。


 「うん。転校生。今日きたんだよ」


 優司は転校生について、ありのままを教える。


 手狭のリビングには優司と由美しか食卓に着いていなかった。母は専業主婦なので、毎日一緒に夕食を食べるが、県職員である父の幸造は仕事が忙しいため、一緒に食卓を囲めない日も多かった。 

     

 今日も残業らしく、幸造こうぞうの席には忘れられたように、食器だけが置かれてあった。


 「そんな話初めて聞いたわ。プリントにも報告なかったし」


 母は、味噌汁を啜るのを止め、怪訝な面持ちになる。それからお椀をテーブルの上に置いた。


 「あんた、もしかしてお知らせのプリント忘れたんじゃない? そこに書いてあったとか」


 母は神経質そうに、指でテーブルを叩きながら、一人息子を咎めてくる。


 「そんなことないよ。ちゃんと全部持って帰ってきてるって」


 冤罪を受けそうだったので、優司は抗議した。このままだと、本当にこちらの不手際にされかねない。


 「だったら、どうして私が知らないの」


 「わからないよ。僕だって昨日知ったんだから。先生に訊いてよ」


 優司は事実を伝える。確かに自分たちとっても、寝耳に水だったのだ。


 「え? 昨日?」


 母は訝しげに首を捻った。やはり、転校生の話が前日になるまで知らされないのは、誰が聞いても妙なのだ。


 「うん。僕たちも驚いてて……」


 「ふーん、確かにそれは変ね。先生は何を考えているのかしら。文句言わなきゃ」


 母の眉間に皺が寄る。最近、父の帰りが遅いため、ストレスが溜まっているようだった。眉間に刻まれている皺も、随分と濃くなっている。三十代半ばという年齢も少しは関係しているだろうが。


 「転校生ってどんな人?」


 由美は、今日の給食の内容を尋ねるような口調で質問する。特に転校生自体には興味がなさそうで、先生の報連相の不備について、どうクレームをつけようか頭が一杯なのだろう。


 優司の脳裏に、プーさんの黄色い姿がよぎる。あれを説明しないといけないのか。


 優司は一旦間を置き、箸を動かして、皿に盛られたジャガイモを口に運んだ。しょうゆの甘い味と料理の熱が、口の中に広がる。


 少し落ち着きが戻った。


 「えっとね、それがちょっと変わった人で……」


 優司は茶碗を置くと、由美に対して説明を行う。


 ちゃんと理解してくれるといいけど。もしかすると、怖がるかもしれない。同時に、心配もしてくれるはずだ。


 「体は黄色で、ずんぐりしてて……。それで顔は熊みたいな感じの……」


 母にプーさんの容姿を説明していく。しかし、話すうちに、次第に自分でもわけがわからなくなってきた。まるで、幽霊の目撃談でも語っているみたいで、馬鹿馬鹿しく感じる。


 「目はつぶらで、声は……」


 そこまで説明した時だった。黙っていた母が、突然声を張り上げた。


 「それって、プーさんじゃない!」


 「ええ? 知ってるの?」


 今度は優司が目を丸くする番だった。


 「もちろん知っているわ。それは間違いなくプーさんよ!」


 由美は、男性アイドルと相対したかのように、興奮気味に顔を明るくさせた。体を大きく動かし、テーブルの上の食器が、がしゃんと音を立て跳ねる。


 尋常じゃないくらいの盛り上がりだ。何なんだろう。一体。


 「プーさんって、なに?」


 「なにって、プーさんはプーさんよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


 「なんでそんなに興奮しているの?」


 「するわよ。だって、相手はあのプーさんなのよ。お父さんにも教えてやらなきゃ。優司のクラスにプーさんが転校してきたって」


 母は、スマートフォンを手に取り操作を始める。残業中の父に、メッセージを送るつもりらしい。


 子供のようにはしゃぐ母を前に、優司はただただ面食らっていた。自身のテーブルの上の味噌汁がこぼれていることに気づく。


 プーさんって、一体何者なんだ?


 優司はこぼれた味噌汁を拭きながら、楽しそうにスマートウォンを操作する母を見て、鳥肌が立つのを感じた。温度が一気に下がった気分だ。何だか不気味である。


 ただ一つ確かなのは、母の機嫌が一気に戻ったことだ。不思議だが、プーさんにはそんな力があるらしい。

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