第二章 プーさん

 「以上が、今朝のお報せです」


 柏谷先生が、爽やかな声を教室内に響かせた。


 『朝の会』では、今日の伝達事項とプリントの回収が行われた。そして、直近に開催される運動会の話も出ていた。現在、体育の授業は全て運動会の練習に当てられていた。


 しかし、いまだに転校生については言及されておらず、クラスは落ち着かない雰囲気に包まれたままだった。


 「えーそれでは何か質問がある人はいませんか?」


 先生は教室を見回しながら言う。柏谷先生は、すらりとした長身の男性教諭だ。バレーをやっていた経験があるらしく、体型も引き締まっている。


 長身だけではなく、顔も二枚目で、昼ドラにでも出演していそうな容貌を誇っていた。爽やかな性格もあってか、保護者の母親の間でも人気のある先生だ。


 先生の問いかけに、教室は静まり返ったままだった。しかし、間を置いたあと、おずおずと一人の生徒が手を挙げた。


 「あの、今朝から転校生がやってくるって聞いたんですけど、違うんですか?」


 芝辻綾紗しばつじ あやさが、気の強そうな切れ長の目を瞬かせながら、質問を行った。


 先生は、待ってましたとばかりに、にやりと口角を上げる。


 「いい質問ですね。芝辻さん。どうやらクラスの皆さんは、転校生のことを待ち侘びていたみたいで、僕はとても嬉しいです」


 先生は鼻をこすりながら、自慢げに言う。これから婚約者でも紹介しそうなくらいのテンションだ。どこか愉悦すら感じている様が伝わってくる。


 クラスの皆が、怪訝な面持ちで見ていることに気づいた先生は咳払いを一つ行い、襟を正す。


 そして、落ち着いた口調で言った。


 「昨日お伝えした通り、今日は転校生がこのクラスにやってきます。今は教室の入り口に待機してもらっています」


 優司の視線は、自然に前方の戸口へと吸い寄せられた。戸は閉じられており、人影は見えない。


 「少し待たせてしまっています。しかし、今日の転校生は、それくらいでは怒らない素晴らしい方です。皆さん、仲良くしてやって下さい」


 先生は何だか妙な物言いをする。そして、一旦言葉を区切ると、前方の戸口に向かって声をかけた。


 「それじゃあ、入ってきなさい」


 先生の指示の直後、扉がガラッと開く。優司も含め、クラス全員の視線が集中した。


 優司は最初『その姿』を見た時、自身の目がおかしくなったのかと疑った。同時に、思わず口がぽかんと開いてしまうのを抑えられないでいた。


 他のクラスメイトたちも同じだった。皆が一様に、お化けでも目撃したような唖然とした表情を浮かべている。


 それもそのはず。教室に入ってきた転校生は、どう見ても『人間』ではなかったのだ。


 まず目を引くのは、転校生の体を覆う『黄色』の皮膚だった。いや、よく見ると皮膚ではなく、フェルト生地のような質感である。


 そして次に目を引くのは、独特のフォルム。四肢のある人型だが、丸みを帯びた顔に、突き出た鼻。先端はオリーブの実のように黒い。


 体はずんぐりしており、身長は小学五年生にしては高く、中学生くらいか。全体的に大柄な少年といった感じた。


 転校生の姿は、どこから見ても黄色い『熊のぬいぐるみ』そのものだった。直立して歩く、ランドセルを背負ったぬいぐるみ――。


 転校生は、やがて教壇の前へと着いた。そして唖然としている生徒たちのほうへ体を向ける。黒真珠のようなつぶらな瞳が、クラス全員を捉えた。


 「はじめまして。ぼくのなまえはプーといいます。ふつつかものですが、よろしくおねがいします」


 プーと名乗った転校生は、妙に甲高い声でそう自己紹介を行い、ぺこりとお辞儀をする。


 教壇に立っている先生が、誇らしげに笑みを浮かべて声を張り上げた。


 「ほら、皆拍手!」


 先生の言葉をきっかけに、夢から覚めたように皆が拍手を始めた。


 ぱちぱちと乾いた音が、教室に響き渡る。


 「えー、プーさんはわざわざこの学校にきてくれました。とても素晴らしいことです。皆さん、失礼のないように仲良くしてください」


 先生は、まるで著名人のゲストでも迎えたような厳しい口調で言う。イントネーションが低く、本気で注意を促していた。


 なおも静まり返っている教室からは、しわぶき一つ聞こえない。皆動揺しているのだ。やんちゃな恭也でさえ、一言も発していなかった。


 「それでは、プーさんの席は真ん中の空いている席です。そちらにお願いします」

 先生は打って変わって、丁寧な物腰でプーさんに指示を行う。


 プーさんは「はい」と頷き、用意された席にひょこひょこと歩いていく。クラス全員が、複雑な表情でプーさんの姿を追った。


 やがてプーさんが席に着くと同時に、チャイムが鳴り、一時間目の授業が始まりを迎えた。


 新しい仲間が、五年二組の生徒として加わった瞬間だった。

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