第3話 目覚めのニュース、乖離する現実
「来るぞ! 避けろッ!」
蒼の怒声が広場に響く。
直後、巨大な影が頭上を覆った。
ズドォォォンッ!
ボスである巨大ムカデが、その巨体を鞭のようにしならせ、石畳を粉砕した。
巻き込まれた数人の参加者が、悲鳴を上げる暇もなく瓦礫の下敷きになる。
生き残っているのは、蒼、舞、そして逃げ回ることに徹していた数名のみ。
「はぁ、はぁ……あんなの、どうやって倒すのよ……!」
舞が蒼の背中で荒い息を吐く。
魔力を使い果たした彼女の顔色は白いが、その瞳にはまだ戦意が残っていた。
「さっきの青い炎。あと何発撃てる?」
蒼はムカデの動きを目で追いながら、短く問うた。
「……全力なら、あと一発。それで限界」
「上等だ。俺が隙を作る。奴の口の中に、一番デカいのをぶち込め」
無茶苦茶な作戦だ。だが、舞は蒼の背中を見て、不思議と「できる」と思わされた。
この男は、この悪夢の中で唯一、現実を見失っていない。
「行くぞ!」
蒼が地を蹴った。
真正面からの突撃。自殺行為にも見えるその動きに、ムカデのヘイト(敵意)が集中する。
『ギシャアアアアッ!』
獲物を噛み砕こうと、巨大な顎が開かれる。
蒼は減速しない。
『身体強化(ブースト)』×『加速(アクセル)』
二重構成(ダブル・スタック)。
蒼の体が残像を生むほどの速度で加速した。
迫る顎をスライディングでギリギリ潜り抜け、ムカデの懐へ。
「デカすぎて、関節技はかけられねぇがな……!」
蒼は走り抜けた勢いを殺さず、ムカデの無数にある脚の一本を蹴り砕き、それを足場に高く跳躍した。
宙を舞う蒼。
ムカデが怒り狂い、上空のハエを落とそうと鎌首をもたげる。
「今だッ!!」
蒼の叫びと同時だった。
「貫けぇぇっ!!」
地上で待ち構えていた舞が、残った精神力の全てを右手に込めて解き放つ。
『蒼炎・極(ペイル・フレア・バースト)』
一直線に伸びた青白い光線が、蒼を食らおうと大きく開かれたムカデの口腔内へ、正確に突き刺さった。
ゴオオオオッ!
体内焼却。
断末魔の絶叫と共に、ムカデがのたうち回る。
だが、まだ息がある。生命力が異常に高い。
「チッ、しぶとい……なら、トドメだ」
落下中の蒼は、空中で身体を捻った。
右脚に魔力を集中させる。
イメージするのは『鋼鉄』の重さと、『杭』の鋭さ。
空手、踵(かかと)落とし。
「落ちろォッ!」
蒼の踵が、ムカデの脳天に突き刺さる。
頭蓋が砕ける感触。
巨体が一瞬硬直し――次の瞬間、砂の城のように崩れ去った。
『QUEST CLEAR』
空中に祝福の文字が躍る。
敵の死骸が光の粒子となって消えていく。
「はぁ……はぁ……」
着地した蒼は、膝に手をついて息を整えた。
現実なら一週間は動けなくなるほどの疲労感だ。
「やっ、た……?」
舞がへたり込む。
生存者は、蒼たちを含めて五人のみ。
その中に、くたびれたスーツ姿の中年男がいた。
彼は乱れたネクタイを直しながら、蒼の方をじっと見つめている。
恐怖に震える他者とは違う、値踏みするような視線。
(……なんだ、あのおっさん)
蒼が違和感を覚えた直後、視界がホワイトアウトした。
ピピピピ、ピピピピ。
無機質な電子音が鼓膜を叩く。
蒼はガバッと跳ね起きた。
「っ……!」
そこは、見慣れた社員寮の六畳間だった。
カビ臭い畳の匂い。薄汚れた天井。
窓の外はまだ暗い。
「……夢、か」
全身が汗でびっしょりと濡れている。
心臓が早鐘を打っていた。
自分の手を見る。震えてはいるが、怪我はない。
しかし、全身の筋肉が軋むように痛かった。まるで、フルマラソンを走った翌日のようだ。
「リアルすぎるだろ、クソが……」
蒼は悪態をつきながらスマホを手に取った。
午前五時。
出勤準備をしなくてはならない時間だ。
テレビをつける。
朝のニュース番組が、深刻な面持ちのアナウンサーを映し出していた。
『――未明、都内および近郊の住宅で、就寝中の男女が相次いで心肺停止の状態で見つかりました。警視庁によりますと、これまでに確認された死亡者は二十五名に上り、いずれも外傷はなく急性心不全と見られています』
「……は?」
背筋が凍るような感覚。
画面には「原因不明の集団死」というテロップ。
事件性不明のためか、被害者の顔写真などは出ていない。ただ、現場となったマンションや住宅地の映像が流れているだけだ。
「二十五人……さっきの広場にいた数とほぼ同じだ」
偶然か?
蒼は震える指でスマホのSNSアプリを開いた。
トレンドワードを見る。
一位:『#集団突然死』
二位:『#心不全』
三位:『#金蔵死亡』
「金蔵(きんぞう)……?」
聞き覚えのある名前だった。
過激なドッキリや炎上動画で有名な、迷惑系YouTuberだ。
蒼はそのハッシュタグをタップした。
画面いっぱいに、追悼ツイートや、拡散されたニュース記事が溢れる。
そこには、派手な金髪の男が生前、カメラに向かって中指を立てている写真が掲載されていた。
『【訃報】配信者の金蔵さんが、昨夜自宅で亡くなっていたことが判明。死因は心不全か』
「…………」
見間違えるはずがない。
夢の冒頭、「カメラはどこだ! ドッキリか!」と騒ぎ立て、最初にムカデに上半身を食いちぎられた、あの男だ。
蒼は、スマホを持つ手にじっとりと嫌な汗が滲むのを感じた。
夢の中で死ねば、現実でも死ぬ。
ニュースの「二十五名」は、あの広場で殺された「逃げ遅れた人々」だ。
「……また、呼ばれるのか?」
誰にともなく問いかける。
答えは返ってこない。
ただ、自分の手のひらに残る、魔獣を殴った硬い感触だけが、これが現実の続きであることを告げていた。
ナイトメア・ロジック ~夢の中で死ぬと、現実で「死」として処理される。想像力を魔法に変えて敵を殲滅する、逃げ場なしの明晰夢サバイバル~ 蒼空 @sometime0428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ナイトメア・ロジック ~夢の中で死ぬと、現実で「死」として処理される。想像力を魔法に変えて敵を殲滅する、逃げ場なしの明晰夢サバイバル~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます