第5話:絶望の形

 コベンの身体から黒い靄がギュンと肥大し、針金のような形状をまといながら、瞬く間に天に向かって伸びていく。イオの見上げるはるか上空で、針金は水平方向に伸びたかと思えば、ある部分からだらりと垂れ下がり……。


 そこに現れたのは、天秤のような、やじろべえのような、ひどく不安定な構造物だった。


 イオは親友の変化を飲み込めない。ただただ、混乱と絶望がひとかたまりに、頭のなかを重々しくめぐっている。


「なんでこんな……どうして」


「おー。なんだかカワイイ形ですねぇ」


 嬉しそうに少年は天秤を見上げる。


「フレームレスはだいたいカワイイ方が強いんですよ。でもこれ、どう攻撃してくるのかなぁ」


 期待のまなざしを向けられ、しかし天秤は風のそよぎに頼りなく揺れるばかりで、自ら動こうとする気配がない。動かなくなった球体と並んで、それらはなにか異国の墓標のようにも見えた。


 と、背後から大勢の足音が近づいてくる。


「セトさぁん、困るんですよねぇ、単独行動は」


 振り返ると、数十人の軍服が隊列をなして行進してきていた。少年をセトと呼んだのは、先頭に立つ丸い眼鏡の男。つり上がった目尻と痩けた頬が、いかにも厳格な印象を与える。よく見ると、軍服の装飾が周りよりも豪華なようだ。


「だって、ベインさんたち遅いし、1人で倒せますしぃ……」


「倒すだけが仕事じゃないんですよねぇ。まったく……。で、これはどういう状況で?」


「まるい方はもう死んでて……天秤はまだ、できたてホヤホヤ?」


「親族ですか?」


「あ、おばあちゃんって呼んでましたね。まるい方がおばあちゃん」


「ふぅん……。で、この方は?」


 いきなり疑いの目を向けられ、イオは心臓を掴まれたような心地がする。


(親族? フレームレスと血縁に、何の関係が?)


「天秤の人の友だち? 家族じゃないっぽいです」


 イオに目を向けることもなく、セトは淡々と答える。


「ふぅん」


 すぐさま関心を失ったかのように、ベインは天秤へと視線を移す。


(シンプルで脆そうですね。ポッと出のガキに手柄を総取りされちゃかないませんし……)


「では、セトさんは下がっていてください。砲撃隊、構え!」


 そのとき、セトはベインの指示が聞こえていないかのように、なぜか遠くの方に注意を奪われていた。


(なんか、地面が揺れてる? これは――)


「撃てェ!」


「あっ、ダメかも」


 セトが警告しようとするやいなや、天秤の腕にいくつかの砲撃が着弾する。天秤はその衝撃で大きくバランスを崩し――同時に、ビリビリと地面に震動が走った。


「あ、やっぱり結構苦戦しそうですねぇ」


 セトがのほほんと言い放った次の瞬間、地面が大きく傾き、兵たちの足元に地割れが起きた。亀裂から触手のような何かが大量に飛び出し……兵を捕えて亀裂のなかに飲み込んでいく。


「ぎゃああああ!!」


 飛び上がって避けた兵を、結束した触手が思い切り突き刺した。


 ベインは即座に射撃の指示を出し、激しい銃撃が見舞われるが、天秤にダメージが生じている様子はなく、揺れ幅がさらに大きくなっていく。

 すると地割れはいっそう深く広がり、さきほどよりも多くの兵が亀裂に飲み込まれていく。


「ベインさん、みんな飲まれちゃいます。ボクだけでやるんで離れて」


「……チッ。総員、退避! 地割れの範囲外へ急げ!」


 後退する部隊とともに、イオもその場を離れようとする。イオの近くの兵たちがことごとく触手に捕らえられていくが、なぜかイオの行く手だけは阻まれない。

 それに気づいたのは、セトとベインだけだった。


「……お友達を助けてる? たまたまですかね?」


 残されたセトは悠々と触手を躱し、なめらかな太刀捌きでそれを切り落としながら、興味深そうに天秤を観察していた。


「核も見えませんねぇ。地中の方かな? うーん、長引くと地面ぐちゃぐちゃになっちゃいますし……。とりあえずっ!」

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