四
とても素晴らしい目覚めの朝だった。
こんなにも清々しいことはない。眠気もだるさもカケラひとつなく、俺はベッドから上体を起こした。
「おはよう、とおる」
カーテンを開けて太陽の光を浴びる。眼球を通して日光が脳を覚醒させ、細胞がより活性化していくのを感じる。
今日はとても良い一日を送れそう。そんな予感にワクワクしながら、俺は寝室を出た。
冷蔵庫の中から卵を五つ取り出して、それをかき混ぜてフライパンに流す。同時進行でお味噌汁とトーストを焼き、お米をよそった。
テーブルに二人分の朝食を並べて、俺が美亜に向かって気恥ずかしそうに、しかし緊張を孕ませた声音で告白するシーンをテレビに映しながら鑑賞する。
きゃー、うれしい。照れちゃう。かわいいなあ。なんて素敵な、そしてお似合いなカップルなのだろう。
「いつまでもこの初々しさを忘れたくないね」
そのままホテルに向かい、二人が初めて結ばれた夜をキャーキャー言いながら朝食を食べ終えた。
シャワーを浴びて、鏡の前で化粧水をお肌に塗りながら笑顔を作る。けれど、鏡の中の俺は愛嬌を見せてはくれなかった。こちらを忌々しそうに睨みつけ、今すぐにでも飛びかかってしまいそうな猛獣の顔つきだった。
「うん。今日もカッコいいよ。素敵。はあ、私の旦那様は世界で一番カッコいいわ……」
鏡に口付けをする。心底嫌そうに、屈辱に満ちたその顔がとても可愛くて、俺は下唇を舐めた。
「ふふ。帰ってきたらいっぱい、いーっぱい愛してあげるからね」
だから待っててね。
ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締める。ワックスで髪の毛を整え、鼻歌を弾ませながら家を出た。いつもはそこにいるはずの大家さんは、今朝はいなかった。けれど、今日の俺はとても気分が良くて、誰もいない大家さんの定位置に向かって挨拶をした。返事はなかったけれど。
「えー……明後日は午後からみんなで橋本の葬儀に参列しようと思う。仕事は各自で調整してくれ」
出社して早々に、上司は橋本が亡くなったことを告げた。俺はとても嬉しくなって、スキップしながら営業先へ向かった。
今日の俺は絶好調だった。ミスもしなければ、五件も成約に繋がった。明日はもっと行けそうな気がした。
オフィスは相変わらず重苦しい雰囲気だったけれど、そうなればそうなるほど俺は調子を上げていった。
定時で帰路につき、家に帰る。テーブルの上に買ってきたケーキを広げ、蝋燭を添える。一を模したその蝋燭に火をつけて、電気を消した。
「今日はちょうど付き合って一年記念日だよね」
うっとりとその火を眺めながら、俺は思いを馳せた。これから毎年増えていく蝋燭の数を。二人で積み重ねていく日々と、思い出を。
「来年も、その次の年も……ずっとずっと、永遠に二人で居ようね」
約束だよ。大好き、とおる。愛してるよ。
ふぅっと火を消して、暗黒だけが俺たちの世界を優しく包み込んだ。
ヒトデナシ 肩メロン社長 @shionsion1226
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