第五話
瓦礫の山となった町を目の前にして呆然としているハルケに一人の解体師の制服を身にまとった者が近づいた。
(__生きてるのか?)
血溜まりの中にいるため少年自身の血なのか周囲の被害者の血なのかまでが判断しにくい状況だった。彼はまた一歩二歩と近づく。
ハルケはこの町に居座る元調理師の弟として有名だったため、彼自身もハルケと何回か顔を見合わせたことはあった。そして、彼の兄がこの町だけではなく国と最も尊ぶべき君主を裏切ったことの情報も行き渡っている。
(万が一、こいつもこの国を裏切るようだったら……)
解体師は背中に忍ばせてある護身用の短刀を片手にとる。
すると、ぴちゃりと音がした。
赤い水たまりに赤く現在染めたであろう着物を身にまとった少年が虚な目で解体師を見つめる。
解体師は少年の不気味なほど美しい、その顔に震えながら口を開いた。
「少年よ、近辺地域での被害情報の収集のため、話を聞きたい。連行させてもらう」
解体師は恐る恐ると言った形で艶々とした革靴を鳴らして少年に歩み寄る。
するとハルケはいいよ、と一言突き放すように言った。
「お兄さんの服汚れちゃうよ。せっかく綺麗な白くて上質な服なんだからもっと大切にしなきゃ」
ハルケは解体師の白い制服のシワというシワを目で確認しながら近づく。
びちゃ、ぴちょ。
可愛らしい子供の水たまりでの遊びのようだ。
そして、瓦礫の中に埋もれているものというものが歩く邪魔になれば邪魔だよ、とか汚いなぁ、とか少し言葉を吐きながら解体師の近くへ。
解体師の目にはきっと子供の泥遊びのような光景に見えたのだろう。
なぜかその状況が不思議と当然のように見えた。
「それで、お兄さん、俺をどこに連れてくの?」
解体師ははっとするとハルケの細い手首を持ち上げると何も言わずにハルケを連れて行った。
(こいつは兄さんみたいにこの国を裏切ってる側じゃないってことだよな)
ハルケは解体師にバレないようにじっと虚な目で睨んだ。
いつものハルケならあんな言葉など果物をあげると言われなければ言わないだろう。あれは半ばハルケによる賭けだった。
(もしもこいつが兄さんの仲間だった死んでたかも知れないけどこいつはきっと俺をどこか安全な場所に連れて行って話を聞こうとしてるんだよな)
瓦礫の山だった場所から離れるようにして移動するのを察するにハルケはしめたと感じる。
(万が一、こいつが俺を殺そうとしたら俺はこいつを殺しにかかるだろう。その前に聞けるだけの情報は聞きたいな)
ハルケは解体師の白衣を引っ張る。
「ねぇ、どこに行くの?」
「安全な場所だ。そうだな、ハルケもみんなも大好きな君主様に近づける場所だよ」
(やっぱり、こんな瓦礫の山から離れた場所に移動するってことであってたのか。それにこの制服からしてきっと解体師。恐らく兄さんが国を裏切ったことも知っているはず)
昨日の解体師曰く、調理師や解体師などにはネジのぶっ飛んだやつが多いとのこと。ハルケは自身の手首を掴み、前を歩く解体師を再び警戒した。
(さっき俺を見た瞬間何かを背中から取り出そうとした。きっと兄さんみたいになんかしら武器を持ってる。つまり、その気になれさえすれば俺を簡単に殺せる)
「ついたぞ、『霧晶山ムショウヤマ』だ。この山の麓にある小屋に事情聴取部屋がある。入れ」
ハルケはただ黙って小屋へ入る。
そして質素な椅子に座らせられた。
「何を喋ればいいのかな?」
ハルケは可愛らしく声を出すも表情が何一つ動かない。
(目の前で家族を失ったためか……)
「いつも通りに喋ってもらって構わない。君には記憶がないかも知れないが俺は君を何回か町で見かけている。普段の君を知っている存在だ。難しいかも知れないが少し肩の力を抜きたまえ」
解体師は小屋の窓を開ける。窓からは霧のようなものが入り、少し冷える。
「そしてここは『霧晶山ムショウヤマ』___君主様が直々に管理する山だ。粗相はしないように」
「……はい」
そこからは軽い会話をした。
名前、家族構成、年。
「え、君、一炊家なのに自分がいくつかわかんないの」
「はい。まだ数が数えれない時に家名を失ったので……すいません」
「いやぁ、そこまでして年齢は知りたいとまで思ってなかったけれど……もしかしてハルケくん、自分の名前も文字で書けなかったりする?」
「流石に自分の名前は書けますよ」
「そりゃぁ、安心した」
するとハルケは解体師から一枚の紙を受け取る。
「この港町の状況を知ったきみの弟の養子縁組をする予定だった良家のご夫妻がね、きみを招き入れたいと言ってきてくれたんだよ。きみさえ良ければどうかな?」
ハルケは内心腹の鍋が沸々を煮えるのを覚えグッと堪えた。
一炊家はそれはそれは由緒正しき貴族であったため一炊家の血筋を自分の家族として招き入れたいのは納得だがハルケ自身一炊家だからという理由で家族だった代替品としては他の家に行きたくなかった。
(それを考えない兄は弟たちを物のように良家へ向かわせようとしたがな)
今考えればトモルはとにかく頭がそこまでいいと言える方ではなかった。
現実的な性格をしていると思いきや後先のことは意外と考えていない。抜けているところも兄らしいと思っていたハルケも今では嫌悪感が増す要素となっている。
(弟たちも兄さんも、もう家族ではない)
ハルケの弟たちは殺され、兄はこの国から出ていき、家族と呼べるものは誰一人としていなくなった。
「ありがたい話ですがこの話は断らせていただきます。俺は一人で生きていきたいので」
解体師はわかりやすくため息をつく。
そして腰から短刀を取り出し、ハルケの首に刃を当てた。相変わらず刃の実態を感じれていても透明なせいで何も見えない恐怖が首から伝わってくる。
ハルケは身震いをするも堪えながらきっと解体師を見た。
「その口調、何か怪しい。さてはお前、兄に何か吹き込まれたな」
(そんなわけあるか)
ハルケは鼻で解体師を笑った。
「俺の知っているお前は町一番の無口なやつだった」
「……」
「お前みたいによく喋るやつじゃぁなかったぜ」
(お前に何がわかるんだよ)
「ひどいなぁ、お兄さん。俺は家族の前ではいつもこんな風に喋ってたよ」
「そんなわけ、」
「家族が全員いなくなったんだ。誰かを頼るためには無口だったら何もできないだろう」
解体師は黙ってしまった。
家族が殺され兄に裏切られたハルケはきっと解体師の目から見ても哀れな存在として写っているのだろう。
ハルケの首元に当てる刃を少し離す。
(今だ)
ハルケは下にしゃがみ込み、椅子を蹴飛ばし、子供が入れる大きさの窓に向かった。
「おい!」
「じゃあね、哀れなお兄さん」
ハルケは窓から小屋を脱出した。あたりには霧の海。ハルケが歓迎されていないのかあたりは真っ白。視界には足元さえ見えなくなっている。背後から刀と鞘のぶつかる音がする。
音の数が一つだけではないことから察するに複数人がハルケを追ってきているのだろう。
(確かあいつは調理師を仲間と言ってたから調理師も国を裏切ったってことだよな。そうしたら俺を今追っているのは調理師だけではなく解体師の可能性が高い)
ハルケは逃げようと走ろうとするも行き先がないことに気づいた。
逃げ場がない。でも大人たちに捕まるのは嫌だ。
ハルケは近づく足音に焦りながらも必死に考える。
(あいつらに捕まったら殺されるに違いない。それにこの山に入ってもきっと殺される)
___全部一炊家の名前と兄さんのせいだ。
ハルケは山の中、霧が最も深い場所へと走る。
霧の中を走れば捕まることはないだろう。
しかし、このまま進んでいっても君主様に裏切り者の一家ということで殺されるだろう。
どのみち死ぬことに変わりはないのだ。
(どうせ死ぬなら君主様を一目見ようとしてもバチは当たらないだろ)
あの肉をまるこげにしたあの雷。あれこそが神のお怒りにあたるものではないのか。
今日は幸いにも天気はハルケの運命を祝うような快晴。そしてあたりは神の存在を象徴するかのような霧の海。
(君主様に会いたい)
最後に神を崇めたい。
最後にあの兄を救った神の力を目の当たりにしたい。
ハルケは走る。どんなに体がボロボロになろうとも、木の枝で皮膚に傷がつこうが構わない。
「今すぐこの場から離れなさい」
一人の小さな女の子の声。
それはそれは美しい女の子がハルケの前に立ちはだかった。
ハルケはその女の子の忠告を無視するようにさらに奥へと足を止めなかった。
「最後の忠告です。今すぐこの場から離れなさい。ハルケ」
(名前……)
ハルケが振り返ると次に現れたのは一人の少年。しかし顔は霧のせいで隠れている。
よくよく見れば女の子と認識していたのも声のせいかそう判断していて、女の子も霧によって影の身が映し出されていた。
つまりは二つの影がハルケの目の前に。
(君主様……じゃないよな)
この国の神はたった一人と決まっている。
二人の影がある以上この二人は神ではない。神だったしても小さすぎる。
「お前」
今度は男の声。声変わりのしていない少年の声だった。
「この子の声を聞いたな? 殺してやる」
気づけばハルケの心臓が透明な刃によって貫かれていた。
また一つ、椿が落ちる、そんな風に見えた。
ハレトケ 鞘塚菊丸 @sayatuka_kikumaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ハレトケの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます