お茶会
「さ、どうぞ遠慮なく召し上がれ。暑い日には熱い飲み物がいいわよ」
テーブルには高そうなティーカップに淹れられた紅茶と、お茶請けのカヌレがある。カヌレはとてもツヤツヤで、恐らく高級品だろう。
「いただきます……」
紅茶を一口すすったが、あまり美味しいと感じなかったのは私が貧乏舌だからではないと思う。
「下雅意さんは中学三年生よね?」
「は、はい」
「生徒会と常任委員のメンバー以外で、中学生がここに立ち入ることは滅多にないことよ。いかがかしら? ここから見る風景は」
河野副会長は窓の外に目をやった。遥か向こう側には山並みが見え、手前の方にバイパスがある……ということは北側の方角だ。南側であれば新幹線と比較的栄えた街並み、そして遥か向こうに海が見えているはずだからだ。
「うーん、やっぱり違いますね……」
とりあえずはそう返事はした。実際のところは、小さい頃からこの藤ノ原町まで何度も行き来しているから見慣れてしまっている光景だったのだが。
「わたくしなりのお礼ですわ。副会長とあろうものが生徒手帳を落とし、携帯していないとあれば生徒会の沽券にかかわるもの。届けてくださったことに感謝は尽きませんわ」
「いえいえ、そんな……」
河野副会長がお嬢様であることはみんな知っている。ご実家は神戸の山手にあり、明治時代には海運業を営んで莫大な財を成した。今では「コウノ」というシンプルな社名で、関西で一、二を争う大手商社として神戸の経済界に君臨している。
その「コウノ」のご令嬢が私にお茶を振る舞っているのが信じられなかった。去年までは同じ中学部校舎内にいたけれど、高貴なオーラが漂っていて近寄り難かったし、中学部だけでも約二千人もいる生徒の中で副会長からしてみれば私のことなんか「モブA」扱いどころか、視界にも入っていなかっただろう。
「ところで下雅意さん、どこで手帳を拾われたのかしら」
カヌレを一口つまんでいたタイミングで聞かれた。甘さ控えめでこりゃ美味しいな、と感じて気が緩んでしまったのだろうか、バカ正直に答えてしまった。
「花影庭園のトイレに落ちていました」
紅茶を口にしかけていた河野副会長が手を止めた。
「もしかして、そこのトイレを使ったのかしら……?」
打って変わって、圧のある声色で聞いてきた。宿題を忘れた生徒に先生が詰問するときのような。
「あっ、はい……」
反射的に回答した瞬間、副会長の日本人形めいた顔が一気に般若の面みたいに恐ろしいものになった。
「じゃあ、見たのね」
やっぱり、河野副会長が誤爆犯で確定してしまった。誤爆したと自覚はしていたらしい。
河野副会長は急に立ち上がり、大股で談話室を出ていってしまった。
「やばっ、怒らせちゃった……?」
アワアワしていると、また戻ってきた。しかし今度は私の隣に座ってきて、強い力で手を握ってきた。
「ひっ!?」
「仕方なかったのよ。庭園でくつろいでいたら二日間来なかったお通じが急にやってきて……でも和式の、しかも汲み取り式なんて使ったことなんかなかったのよ!」
「あ、あのっ、このことは誰にも言いませんから!」
「口約束なんか信用できないわ。受け取りなさい」
私の手に何か押し付けてきた。それはなんと五人分の渋沢栄一だった。
「いやいやいやいやいやっ、こんな大金受け取れません!」
「一度出したものを引っ込めるわけにいきませんわ!」
「お金は要りません! 絶対に絶対に絶対に誰にも言いませんからあ!」
「聞き分けのない子ね! こうなったらもう……」
なんと、河野副会長が私の左胸をむんずと掴んできた!
「何するんですかっ!」
「意地でも受け取ってもらうわよ!」
私のブレザーの胸ポケットに渋沢栄一たちを押し込もうとしている。私も必死に抵抗する。副会長は顔を真っ赤にしてるし、私も顔が熱い。限られた生徒しか入れない場所で繰り広げられる不毛な力比べ……。
いきなりドアが開いた。
「
入ってきた人物は顔を引きつらせた。
このときの私は河野副会長に押し倒されかけているような構図になっていて、絵面的にかなりまずいことになっていたのだ。
私の通ってる女子校はデカすぎる! 藤田大腸 @fdaicyou
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