借金まみれで生活力ゼロな戦闘力ぶっ壊れ美少女クランで、 勇者パーティを追放された雑用係が専属家政夫してます
Re:ユナ
第1話
「ノエル、ちょっといいか」
昼下がりの冒険者が集まる酒場。
クエスト帰りの喧噪の中で、勇者アルヴィンの声だけがやけに落ち着いて聞こえた。
《暁光の刃》は、この王都周辺じゃ知らない人のほうが少ない探索パーティだ。
迷宮の上層・中層は安定して踏破できるし、最近は深層の手前まで慎重に足を伸ばしている。
ギルドからは「いずれ本物の勇者パーティになる候補」とまで言われていた。
テーブルの上には、飲みかけの水と、使い込まれた地図と、俺の書いたメモの束。
さっきまで次の遠征の段取りを詰めていたばかりだ。
嫌な予感は、もうこの時点でしていた。
「……ノエル。単刀直入に言う」
アルヴィンは、まっすぐ俺を見る。
真面目で、責任感が強くて、嘘のつけない、いつもの顔だ。
「パーティから抜けてくれないか」
隣で、槍使いのカイルがあからさまに肩をすくめる。
わざと周りのテーブルにも聞こえるくらいの声量で、薄く笑った。
「悪ぃけどよ、いつまでも“戦えねぇ荷物”背負って深層は目指せねぇんだわ」
近くの席の冒険者がちらりとこちらを見る。
その視線ごと、刺さる言い方だった。
その言い方はないだろう、と思ったが、口には出さない。
カイルはいつもこうだ。思ったことがそのまま口からこぼれる。
……そして、言い方を選ぶという発想がない。
沈黙していると、もう一人、剣士のレオンが淡々と言葉を継いだ。
「王城から正式に話が来ている。
“周辺迷宮の最前線討伐隊”として、うちを組み込みたいそうだ」
そこで一度、視線が俺のメモの束をかすめる。
「遠征用の補給隊も、案内役も、全部“プロ”を付けるって話だ。
素人のメモと段取りに頼る時代は、ここまでだろう」
さらりとした口調なのに、「素人」という一言がやけに耳に残った。
「……だから、パーティで雑用係を抱える必要は、もうない」
そこまで聞けば、さすがに理解する。
王城付きの討伐隊候補になった《暁光の刃》。
これからは王都の顔として、より深い階層と、でかい依頼ばかりを回していくことになる。
そこに、「戦えない雑用係」の席はない。
「……そうですね」
俺は、できるだけ穏やかな声を出した。
「今までありがとうございました。
荷物はあとでまとめて、ちゃんと返します」
それが、一番迷惑をかけない答えだと思ったから。
「ノ、ノエルさん!」
そこで、エリシアが慌てたように身を乗り出した。
さっきまで静かに話を聞いていた彼女が、珍しく感情を露わにする。
「待ってください。ノエルさんがいなかったら、私たち何度も野営で凍え死んで――」
「エリシア」
アルヴィンが、やわらかく制した。
「本当に助かってた。そこは、誰も否定してない」
彼は真剣な顔で、もう一度こちらを向く。
「ノエル。お前の仕事が大事だったことは、分かってる。
でも、これから先は“王城のやり方”に合わせなきゃいけない。
俺たちが勝手に、基準外の人間を置いておくわけにはいかないんだ」
それはきっと、本音だ。
俺の胸が少しだけ痛んだのは、嫌われて切り捨てられたわけじゃないと分かっているからこそ、なのかもしれない。
「大丈夫ですよ、アルヴィン」
できるだけ笑ってみせる。
「むしろ、よくここまで置いてくれました。
“戦えないくせに一年前線パーティに居座ってた奴”って、ギルドじゃ有名ですからね」
「そんなこと――」
エリシアが何か言いかける。
俺はそれを遮らない代わりに、先に席を立った。
「本当に、お世話になりました」
深く頭を下げる。
勇者パーティ《暁光の刃》の一員として過ごした一年に、嘘はなかったから。
けれど、拍手も歓声もないお別れの方が、雑用係には似合っている。
◇
酒場を出ると、夕方の陽が石畳を赤く染めていた。
街の喧噪はいつもどおりで、さっきまでいたテーブルのことなんて、誰も気にしていない。
「……さて」
ひとまず、深呼吸をひとつ。
ノエル・クライン、十九歳。
剣技スキルなし。攻撃魔法スキルなし。防御魔法スキルもなし。
かわりに、料理・裁縫・交渉・帳簿管理・野営設営あたりの生活スキルだけが、変に高い。
(こうやって並べると、本当に“雑用係”だな)
自分で自分のステータスを要約して、内心で苦笑する。
(とはいえ、生きていく以上、仕事は要る)
足は自然と、冒険者ギルドのほうへ向かっていた。
◇
王都冒険者ギルド一階、クエスト掲示板の前。
肉体労働、盗賊退治、行商護衛、迷宮探索、魔物討伐。
貼り出されている依頼のどれもこれも、「最低限の戦闘能力」が前提だ。
「……“初心者歓迎”って書いてあっても、“殴れること”は含まれてるんだよな」
小声でそうこぼしながら、端から端まで眺めていく。
そのとき、隅に一枚だけ、色の違う紙が混じっているのが目に入った。
白地に太い字で、こう書かれている。
『【急募】
家事・掃除・料理・帳簿付け・交渉などができる人
※戦闘力ゼロでも可』
「……?」
思わず、顔が近づいた。
『所属:クラン《星屑の巣(スターズ・ネスト)》
条件:住み込み・食事付き・給金あり
内容:クラン運営および日常生活全般のサポート
備考:借金あり。事情は直接説明します』
「最後、正直すぎないかな……?」
(《星屑の巣》……どこかで聞いたような)
記憶を探る。
最近ギルドで噂になっている、“強いのに貧乏な四人組クラン”。
少人数で高難度ダンジョンを踏破したとか、ドラゴン種を単独討伐したとか、派手な戦績ばかり増えているのに、ギルドへの返済が一向に進まないとか。
要するに――。
(戦闘力は本物なのに、生活と金の管理が壊滅的な美少女クラン、……だったはず)
そこまで思い出して、自分でも苦笑する。
(うん、関わらないほうがいい。俺みたいなのは、遠くから名前だけ知ってれば十分だ)
そう思って、指先を張り紙から離そうとした、そのとき。
「それ、真面目に読んでたの、今日どころか出してからずっと、君が初めてだよ」
背中のほうから、よく通る女の声がした。
「……っ」
反射的に肩が跳ねた。
振り返ったら、きっと面倒ごとに巻き込まれる。
そう分かっているのに、首だけが、ゆっくりと声のほうへ向いた。
(……あ、やばいな)
その瞬間、胸の奥で、小さくそんな予感がした。
借金まみれで生活力ゼロな戦闘力ぶっ壊れ美少女クランで、 勇者パーティを追放された雑用係が専属家政夫してます Re:ユナ @Akariiiii
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。借金まみれで生活力ゼロな戦闘力ぶっ壊れ美少女クランで、 勇者パーティを追放された雑用係が専属家政夫してますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます