第36話 行間に残るもの
SIDE アイリス
皇城の朝は、早い。
窓から差し込む光は柔らかいのに、
一日の始まりを告げる鐘の音は、どこか厳格だった。
アイリスは、机に向かいながら、
運ばれてきた書状の束の中に、
ひとつだけ見覚えのある封筒を見つける。
「……来たのね」
自然と、声が小さくなる。
伯爵家の紋章。
整った宛名。
マアヤ・レオンハルト。
封を切る指先が、
ほんのわずかに緊張しているのを、
アイリス自身が自覚していた。
便箋を取り出し、
文字を追う。
拝啓
お手紙、ありがとうございました。
帝都での生活の様子を知ることができて、嬉しく思います。
「……ふふ」
思わず、微笑が零れる。
丁寧で、
だが、過剰ではない。
次の行へ、視線を落とす。
伯爵領は、確かに静かな場所です。
朝は鳥の声で目が覚め、
夜は物音もほとんどありません。
(……静かな場所、か)
帝都とは、正反対。
この文からだけでも、
彼が今、落ち着いた時間を過ごしていることが伝わってくる。
さらに読み進める。
最近は、訓練場にいる時間が多くなりました。
体を動かすと、考え事が整理される気がします。
「……七歳で、訓練場」
皇女として育った自分とは、
まったく違う日常。
だが、その言葉に、
不思議と違和感はなかった。
むしろ――
彼らしい、と感じてしまう。
読書のお話がありましたが、
私も物語を読むのは嫌いではありません。
結末を知っていても、
途中の選択に目が行くことがあります。
アイリスの手が、止まる。
(……結末を知っていても、途中の選択)
その一文が、
胸の奥に、静かに残った。
(まるで……)
未来を知っている人の言葉のようだ。
だが、
それを深く考える前に、
手紙は結びへと向かう。
また、帝都のお話を聞かせてください。
無理のない範囲で構いません。
敬具
マアヤ・レオンハルト
読み終え、
アイリスは便箋をそっと机に置いた。
虚属性の話は、
一切、書かれていない。
(……やっぱり)
それでいて、
不満はなかった。
むしろ。
(……心地いい)
探られていない。
詮索されていない。
それでいて、
距離を拒絶されてもいない。
年相応の少年のはずなのに、
文章には、
どこか落ち着きがある。
他の同年代の子達とは、違う。
鑑定の儀で話した時から、
ずっと感じていた違和感。
それが、
この手紙で、
確信に近いものへと変わる。
(……不思議な人)
虚属性を持つ少年。
だが、それ以上に。
(……静かで、優しくて)
(……何かを、抱えている)
アイリスは、
新しい便箋を取り出した。
次の返事を、
もう書き始めるつもりで。
窓の外では、
帝都の一日が、
何事もなかったかのように始まっている。
だが、
彼女の中では、
確かに何かが動き始めていた。
虚でも、光でもない。
一人の少年への、純粋な興味として。
かませ悪役貴族令息に転生したから妹を守るために全力を尽くそうと思います @10160918
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