第34話 帰る場所

 森を抜けると、

 屋敷の灯りが見えた。

 遠く、あたたかく、

 変わらずそこにある光。

 マアヤは、リリーの手を取った。

 ぎゅ、と。

 少し強めに。

 リリーは何も言わず、

 その手を握り返す。

 二人で、歩き出す。

 足元の草が、かすかに音を立てる。

 夜風が、冷たく頬を撫でる。

 それでも、寒くはなかった。

 手の温度が、

 ちゃんと伝わっているから。

「……おにいちゃん」

 リリーが、小さく呼ぶ。

「ん?」

「……はなさない?」

 不安が、ほんの少しだけ混じった声。

 マアヤは、歩みを止めずに答えた。

「ああ、絶対に離さない」

 短く、迷いなく。

 それだけで、

 リリーの歩幅が少し軽くなる。

 屋敷が、近づいてくる。

 門の輪郭。

 壁の影。

 見慣れた景色。

 ここが、帰る場所だ。

 リリーは、

 マアヤの手を握ったまま、

 少しだけ笑った。

「……かえってきたね」

「ああ」

 マアヤも、

 小さく笑った。

 血の匂いも、

 夜の恐怖も、

 すべて、森に置いてきた。

 今はただ、

 二人で歩く。

 並んで。

 同じ速さで。

 屋敷の扉が、

 すぐそこまで来ていた。

 マアヤは、

 もう一度だけ、

 リリーの手を強く握る。

 大丈夫だ。

 ここにいる。

 一緒に帰ってきた。

 それだけで、

 今は十分だった。

 夜の静けさの中、

 二人は、

 確かに――

 家へと戻っていった。

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