第31話 考えるより先に

 ――見つけた。

 月明かりの下、

 小さな影が三つ。

 そして、その中央で――

動けずにいる、ひとつの小さな背中。

(……リリー)

 思考が、そこで止まった。

 次の瞬間、

 身体が勝手に前へ出ていた。

 地面を蹴る。

 距離を測る。

 角度を取る。

 ――飛び蹴り。

 衝撃。

 最前にいたゴブリンの身体が、

 あり得ない勢いで横に吹き飛ぶ。

 木に叩きつけられ、

 鈍い音を立てて転がった。

「――っ」

 息を吐く間もなく、

 そのまま前に出る。

 リリーと少し会話し、

 リリーと残りのゴブリンの間へ。

 背中に感じる、

 小さな気配。

(……大丈夫だ)

(もう、見せない)

 だが――

 状況は、最悪だった。

 武器は、ない。

 素手。

 相手は――

 魔物三匹。

 しかも、

 短剣と棍棒を持っている。

(……冷静になれ)

 虚属性の感覚を、

 一気に引き寄せる。

 ゴブリンの一匹が、

 奇声を上げて突っ込んでくる。

 ――来た。

 瞬間移動。

 視界が、跳ねる。

 次の瞬間、

 ゴブリンの攻撃は、

 何もない空を切っていた。

「――っ!?」

 驚いた隙。

 踏み込み、

 掌底を鳩尾へ。

 ぐしゃ、という感触。

 ゴブリンが、

 苦悶の声を上げて膝をつく。

(……まだ)

 横から、

 棍棒が振り下ろされる。

 空間湾曲。

 ほんの数センチ。

 だが、それで十分だった。

 棍棒の軌道が、

 “ずれた”。

 頭をかすめるだけで、

 直撃はしない。

 マアヤは、

 そのまま距離を詰める。

 ――回し蹴り。

 顎に、

 確かな手応え。

 魔物の身体が、

 よろめく。

(……効いてる)

 現実世界で、

 空手をやっていた。

 全国レベルでも、

 天才でもなかった。

 だが。

(……型と距離感は、覚えてる)

 相手が三匹でも、

 同時に来なければ、対処できる。

 ゴブリンたちは、

 明らかに混乱していた。

 攻撃が、

 当たらない。

 目の前にいたはずの相手が、

 次の瞬間には、いない。

「――ギィ!」

 一匹が、

 怒り任せに突っ込んでくる。

 直線的。

 読みやすい。

 マアヤは、

 最小限の瞬間移動で、

 半歩だけ横にずれる。

 そのまま、

 肘を振り下ろす。

 骨に、

 確かな感触。

 魔物が、

 呻き声を上げて倒れ込む。

(……あと二匹)

 息が、

 荒くなる。

 魔力も、

 体力も、

 削られていく。

 だが。

(……下がるな)

 背後には、

 リリーがいる。

 一歩も、

 引けない。

 ゴブリンたちが、

 距離を取り始める。

 学習している。

(……やばいな)

 囲まれると、

 一気に不利になる。

 虚属性は、

 万能じゃない。

 連続使用には、

 限界がある。

 それでも。

(……ここで、終わらせる)

 マアヤは、

 歯を食いしばり、

 再び虚属性に意識を集中させた。

 夜の森で、

 戦いは――

 まだ、終わっていなかった。


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