第25話 皇女様からの手紙

 魔法の練習を始めてから、三日が過ぎていた。

 振り返れば、その三日は驚くほど単調で、

 そして濃密だった。

 朝は剣の訓練。

 昼前に虚属性の反復。

 午後は基礎魔法――錬成。

 瞬間移動は、まだ数歩の距離。

 空間湾曲も、角度を誤れば失敗する。

 錬成した剣は、

 相変わらず“新品”には程遠い。

 それでも。

(……確実に、前よりは)

 できることが増えている実感はあった。

 マアヤは、自室のベッドに腰掛け、

 手のひらを見つめる。

 虚属性の感覚は、

 最初の頃よりも“静か”になってきていた。

 暴れない。

 拒絶しない。

 まるで、

 使われるのを待つ道具のように。

(……三日でこれなら)

(悪くない)

 そんなことを考えていた、その時。

 ――コン、コン。

 控えめなノック音。

「マアヤ様」

 扉の向こうから、

 使用人の声が聞こえる。

「入ってよろしいですか」

「……ああ」

 扉が開き、

 中年の使用人が一歩、部屋に入ってきた。

 その手にあるものを見た瞬間、

 マアヤの思考が、ぴたりと止まる。

 白い封筒。

 厚手の紙。

 そして――

 赤い封蝋。

(……え)

 胸の奥が、僅かにざわつく。

 使用人は、慎重な動作でそれを差し出した。

「帝都より、書状が届いております」

 言葉は淡々としている。

 だが、その意味は一つしかない。

(……ガチで来た)

 マアヤは、ゆっくりと受け取った。

 封筒の表には、

 整った文字で名前が記されている。

 マアヤ・レオンハルト様

 そして、

 その下に添えられた紋章。

 ――皇族の印。

 喉が、無意識に鳴った。

(……本当に、来たのか)

 文通の話は、

 半ば流れで決まったものだった。

 皇女の社交辞令。

 あるいは、

 一時的な興味。

 そう思おうとしていた。

 だが。

 この封蝋は、

 それを否定している。

「……ありがとう」

 マアヤは、少しだけ声を落として言った。

 使用人は一礼し、

 静かに部屋を出ていく。

 扉が閉まる音が、

 やけに大きく響いた。

 部屋には、

 自分と、

 一通の手紙だけが残る。

 マアヤは、封蝋をじっと見つめた。

(……皇女、アイリス・アリステア)

 原作では、

 遠い存在だった。

 関係を持つことはない存在だった。

 それが今は――

 手紙一通分の距離にいる。

 マアヤは、深く息を吸い、

 ゆっくりと吐いた。

(……落ち着け)

(まだ、開けるな)

 自分にそう言い聞かせながら、

 封筒を両手で持つ。

 たった三日。

 だが、その三日で――

 確実に、物語は動き始めていた。

 マアヤは、

 静かに封蝋に指をかけた。

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