第22話 当たった理由

 夜は、深く静まっていた。

 伯爵領の屋敷はすでに眠りについており、

 廊下を歩く音も、風に揺れる音もない。

 部屋の中には、二つのベッドが並んでいる。

 片方では、

 リリーが小さく寝息を立てていた。

 もう片方で、

 マアヤは仰向けになり、天井を見つめていた。

 眠れない。

 隣から聞こえる規則正しい呼吸だけが、

 時間の流れを教えてくれる。

(……虚属性)

 鑑定の義で告げられた、自分の魔法属性。

 原作では、

 マアヤ・レオンハルトの虚属性は、

 はっきりと描写されることはなかった。

 だが、プレイヤーとしての知識はある。

(空間を歪める)

(瞬間移動)

(攻撃の軌道を逸らす)

 本来なら、

 回避に特化した属性。

 敵の攻撃は当たらない。

 距離は意味を失う。

 現実世界でゲームをプレイしていた時、

 そういうスキル構成だった。

 ――それなのに。

(……俺は、死んだ)

 共通ルート。

 帝国立魔法学園が、

 邪神教団のテロによって占拠されるイベント。

 主人公エルドが、

 学園内で教団幹部と戦う、

 重要な分岐点。

 その裏で。

 マアヤ・レオンハルトは、

 あっさりと――死ぬ。

(……当たったんだよな)

 攻撃が。

 回避特化の属性を持っているはずなのに。

 原作では、

 詳細な描写はない。

 公式設定でも、

 理由は語られなかった。

 だから――

 ファンの間で、

 勝手な考察が広まった。

(……肥満体型だから)

 マアヤは、心の中で自嘲する。

 原作のマアヤは、

 貴族の嫡男として甘やかされ、

 運動もせず、

 肥満体型だった。

 回避能力があっても、

 身体がついてこなかった。

 だから、

 避けきれず、

 当たって、

 死んだ。

(……ひどい話だ)

 だが、妙に納得してしまった記憶がある。

 努力しなかった。

 鍛えなかった。

 才能だけに胡座をかいていた。

 だから死んだ。

(……でも)

 マアヤは、静かに拳を握る。

(今の俺は、違う)

 五歳から剣を振り、

 七歳になった今も、

 毎日身体を鍛え続けている。

 虚属性を、

 「当たらない前提」で使うつもりはない。

 当たらないために、

 身体も、判断も、鍛える。

(……あのテロ)

(あれが、俺の死ぬ場所)

 場所も、時間も、

 まだ完全には思い出せない。

 だが、

 確実に起こる。

 それだけは分かっている。

 マアヤは、そっと視線を横に移した。

 リリーは、何も知らずに眠っている。

 柔らかな髪。

 小さな手。

(……この子を置いて)

(死ねるわけがない)

 原作では、

 俺は死んで終わりだった。

 誰にも惜しまれず、

 何も変えられず。

 だが今回は――

(虚は、逃げるための力じゃない)

(守るための力だ)

 そう思えた。

 天井を見つめたまま、

 マアヤは静かに目を閉じる。

 次に来るのは、

 学園。

 邪神教団。

 確定した死。

 だが、

 それでも。

(……今度は)

(当てさせない)

 隣で眠る妹の存在を確かめるように、

 耳を澄ませながら、

 マアヤはその決意を胸に刻んだ。

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