第21話 当たり前の距離
伯爵領の空気は、やっぱり帝都とは違っていた。
広く、穏やかで、
どこか肩の力が抜ける。
馬車が屋敷の正門をくぐると、
使用人たちが整列して迎えに出てくる。
「ただいま戻った」
父の声に、
安堵の空気が広がった。
扉が開き、
マアヤが地面に足をつけた、その瞬間――
「おにいちゃーん!!」
勢いよく飛び込んできた影があった。
考えるより先に、
マアヤは身体を低くして受け止める。
「……ただいま、リリー」
「おかえり! おかえり!!」
小さな腕が、ぎゅっと背中に回される。
力いっぱい、離れまいとするように。
マアヤは自然な動作で、
その頭を撫でた。
「ちゃんと待ってたか?」
「まってた! ずっと!」
顔を上げたリリーは、
泣いてはいない。
だが、目は潤んでいた。
母が、その様子を見て微笑む。
「よかったわね、リリー」
「うん!」
それを見て、父も何も言わない。
兄妹なら、普通のことだと受け取っている。
マアヤも、リリーも、
この距離感に疑問を持たない。
それが“いつものこと”だからだ。
だが――
少し離れた場所で、
その光景を見ていた使用人たちは、
互いに視線を交わしていた。
(……近いな)
(前から、こんなだったか?)
(仲がいい、だけでは……)
誰も口には出さない。
だが、心のどこかに引っかかりが残る。
兄妹の距離としては、
少しだけ――近すぎる。
マアヤは、リリーを離し、
軽く視線を合わせた。
「元気だったか?」
「うん! でも……」
「でも?」
「……さみしかった」
小さな声。
マアヤは、ほんの一瞬だけ目を細め、
それから優しく言った。
「ごめん」
「いいよ!」
即答だった。
「かえってきたから!」
その理屈で、
リリーはすべてを許してしまう。
母は、二人を見て言った。
「帝都はどうでしたか?」
「……色々あった」
父が答える。
「魔法属性の件も含めてな」
その言葉に、
リリーの耳がぴくりと動いたが、
今はそれを聞く余裕はなさそうだった。
「今日は、ゆっくり休みましょう」
母の言葉に、
皆が頷く。
屋敷の中へ向かう途中、
リリーはマアヤの手を離さなかった。
それが当たり前のように。
それを、
誰も止めなかった。
ただ、
気づく者だけが、
静かに思う。
(……この兄妹)
(普通、ではないかもしれない)
だが、その違和感は、
まだ言葉になることはなかった。
この家では――
この距離が、
“当たり前”だったから。
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