第20話 残った違和感
SIDE アイリス
鑑定の義の会場を離れると、
帝都の空気は少しだけ軽く感じられた。
ざわめきは背後に残り、
残ったのは、馬車の待つ広場と、
規律正しく動く近衛たちの姿。
アイリス・アリステアは、
侍女たちに囲まれながら歩いていた。
「お疲れではありませんか、殿下」
「大丈夫よ」
短く答えながらも、
視線は自然と遠くへ向かう。
(……エルド・トルメリア)
光属性の少年。
平民らしい素直さ。
戸惑いと緊張を隠しきれない態度。
それは、年相応だった。
期待を背負わされたことへの不安。
それでも逃げずに立っていようとする姿。
(……普通の、七歳の男の子)
少なくとも、
光属性を持つ“英雄候補”としてではなく、
一人の少年として見れば、そうだった。
――けれど。
(……マアヤ・レオンハルト)
思考が、自然とそちらへ移る。
虚属性。
前例のない判定。
それ以上に、
アイリスの胸に残っていたのは、
彼の振る舞いだった。
落ち着いた視線。
言葉を選ぶ間。
会話の中で、一歩引いた立ち位置。
(…貴族の令息とは言え…七歳とは思えない)
敬意はあるが、媚びない。
恐れている様子もない。
それでいて、
決して無礼ではなかった。
まるで――
場の力関係を、
最初から理解しているかのような。
(……不思議な人)
皇女として生まれ、
多くの大人を見てきた。
取り繕う者。
取り入ろうとする者。
距離を測り損ねる者。
だが、マアヤは違った。
(……最初から、距離を決めていた)
近づきすぎず、
離れすぎず。
そして、
自分がどこに立っているかを、
はっきり理解している。
それが、
アイリスの中に、
小さな引っかかりを残していた。
「殿下、馬車の準備が整いました」
侍女の声に、意識を戻す。
馬車の扉が開かれ、
中から柔らかな香りが流れてくる。
アイリスは、一歩踏み出す前に、
ふと空を見上げた。
(……虚)
光が希望なら、
虚は何なのだろう。
破壊か。
否定か。
それとも――
(……まだ、分からない)
分からないからこそ、
知りたい。
それは、
皇女としての義務ではない。
純粋な、
一人の少女の感情だった。
アイリスは馬車に乗り込み、
侍女たちがその後に続く。
扉が閉まり、
車輪が動き出した。
城へ戻る馬車の中で、
アイリスは膝の上に手を置き、
静かに思う。
(……文通)
少しだけ、胸が高鳴った。
この違和感が、
何を意味するのか。
それを確かめるために。
馬車は、
帝都の石畳を越え、
ゆっくりと城へ向かっていった。
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